353.届け(不二切)
見てるだけじゃ、届かない。
分かってるさ、そんなこと。

「………どういう、つもりっスか?」
「想像力、ないんだね。普通、こうなったら分かると思うんだけど?」
 クスクスと笑いながら、見上げる彼の前にしゃがみ込む。頬に触れ、唇を親指でなぞると、そのままキスをした。
 ガリ、と音がして、唇を切られる。
「天才さんに、こんな趣味があるとは思いませんでしたよ」
 音を立てて、口元についた僕の血液を舐めとると、彼はいつものように笑った。人を見下すような、そういう笑み。ゾクゾクする。
「趣味じゃないよ。本気。僕だって、男は君が初めてなんだ」
「……男は、か。変態さんは随分とモテるんスね。そんなだから、いつまで経ってもナンバー2なんスよ」
「それは関係ないよ。皆遊びだし。それに、大体、本気じゃないもので一番になったって仕方が無いじゃないか」
「……相変わらず、ヤな奴っすね」
「君もね」
 でも、好きだよ。クスクスと笑いながら、言う。少し口が開き辛いと思ったら、切られた口の端の血液が、そのまま固まりかけていた。舌で、中途半端に固まったその塊を口の中へ運ぶ。
「オレは、アンタのそういうとこ、嫌いっスよ。努力なんか知りませんって。そういうとこ」
「努力か。してるんだよ、これでも。大して身長も変わらない、というか、僕より体格のいい君を気絶させて、ここまで運んで、服を脱がして拘束して。ねぇ。これってすっごい努力だと思わないかい?」
「嫌なら、こんなことしなきゃいいじゃないっスか」
「嫌なんて言って無いだろ。本気なんだ。君を手に入れる為なら、僕はどんな努力だって惜しまないよ」
 噛み付かれないように。今度は右手でしっかりと彼の口を開かせて、キスをした。左手で、彼の内腿をさする。
「っん」
 キスだけでは何も変化が無かったのに。左手が触れた瞬間、彼は身を捩った。口元から漏れてくる吐息に、思わず笑みが零れる。
「だったらオレはっ。…アンタから逃げる為に努力してやる」
 唇を離すと、彼は僕を睨みつけてそう言った。その目は、僅かだけれど充血し始めていて。本気なんだな、と少しだけ淋しくなった。
 想いは、届くだけじゃ。受け入れては貰えない、か。難しいもんだ。まぁその方が、愉しめそうだけど。
 見る間に赤くなっていく彼の目に微笑うと、僕は乱暴にその体を押し倒した。その上に、跨る。
「へぇ。元王者立海のエースでもあろう人が、逃げるんだ」
「くっ…」
「まぁ、どんなに頑張っても、本気の僕からは逃げられないと思うけどね」
 こんな風に拘束された状態じゃ、尚更。微笑いながら、刺激を与えるように彼の肌に触れる。声を漏れないようにする為なのか、悔しさからなのかは知らないが、彼は奥歯を強く噛み締めて、僕を睨みつけていた。この目が、いずれは自分のものになるのかと思うと、それだけで溜まらなくなる。
「……取り敢えず、体だけでも、僕の想いを受け取ってもらうよ」
 心は、その後でもいい。ここまで来たんだ。届けるだけじゃ、帰れない。
「ひっ」
 僕の目の色が変わったことに怯えた声を上げる彼に構わず、僕はクスクスと微笑いながら、その体に僕の想いを刻み付けていった。
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