「裕太。今日も姉さんがラズベリーパイを作って待ってるって言ってたけど。帰ってこれるかい?」
「ああ。それなら仕方ねぇな」
「良かった。断られたら、僕が姉さんに締められるからね」
「姉貴はそんなことしねぇよ」
「うん。そうだけどさ」
「……兄貴」
「ん?」
「今日、一緒に帰っても…」
「ごめん。僕、一度学校に寄ってから帰るから」

「ご馳走さま」
 呟いて、誰よりも先に兄貴は自分の部屋に戻る。オレの眼を一度も見ること無く。
「オレも、ごちそうさまっと」
 残っていたものを急いで口の中に掻っ込むと、オレも兄貴の後を追うようにして二階に上がった。
 けど。階段を上り終えたオレが眼にするのはいつも暗闇で。兄貴の部屋からは、まるで外からの侵入を拒むかのような大音量の音楽。
 また、間に合わなかった。
 オレは溜息を吐くと、自分の部屋に入り、ベッドに身体を投げ出した。眼を瞑ると、すぐ隣の壁から音楽に混ざって兄貴の音が聴こえてきた。
 オレの側に誰かがいるとき、兄貴はそれらしく振舞い、オレを家に帰るようにと誘う。だが、こうして誰もいなくなると、兄貴は急に余所余所しい態度になる。まるで腫れ物に触れるかのように、オレと接する。
 原因は理解ってる。痛いくらいに。
 兄貴のせいでオレが傷ついてきたように。今度は、オレのせいで兄貴が傷ついてる。しかも、無数の掠り傷だったオレに対して、きっと兄貴のは一筋の深い切り傷。オレがつけた、癒えることのない傷…。
『ごめんね、裕太。ずっと気が付かなくて。僕の所為で…。僕が、裕太を追い詰めていただなんて』
 ルドルフに行くことを打ち明けた夜。いつもならノックもせずに勝手に部屋に入ってくる兄貴が、珍しくノックをしたかと思うと、ドア越しにオレにそう言った。きっとルドルフ行きを反対されると思っていたオレは、兄貴の言葉にただ驚いて。何も返せずにいると、兄貴はもう一度、ごめん、と呟いた。
 兄貴は、今でもオレが兄貴を嫌いだと思ってる。そんなことはもう昔の話なのに。いいや、そもそもオレが兄貴から離れた理由はそこには無い。オレが兄貴から離れたのは、兄貴を嫌いになりそうな自分が嫌だったからだ。
 オレと兄貴を較べているのは、兄貴じゃなく他の奴らだったのに。それを全部兄貴のせいにして。そんな自分が嫌だったから、だからこれ以上兄貴を嫌いになる前にルドルフに行った。
 なのに。そのことが逆に兄貴を傷つけることになるなんて。
「……ごめんな、兄貴」
 壁の向こう、恐らくオレのほうを向いて座っているであろう兄貴に呟くけど。帰ってくるのは、音楽ばかりで。不意に、涙が溢れた。
 兄貴の心につけてしまった傷を癒さない限り、きっと、元の関係にすら戻れない。元の、関係にすら…。
 離れてから理解った自分の気持ち。
「オレは、兄貴が好きだ」
 この一言を伝えたくて、オレは家に戻ってきてるのに。返ってくるのは、音楽と壁にぶつかって行き場を失った自分の声だけ。
「なんなんだよっ…」
 兄貴につけられた傷はとっくに癒えてるのに。自分のした行動によって自分自身につけてしまっていた、癒えることのない傷の存在に、オレは今更になって気づいた。





また、切ないのかよ。
まあ、お題がお題だからね。
周助も裕太も、癒える事のない傷を抱えて、お互いを想い合ったまま、けれど干渉すること無く生きてゆくのです。
↑自分で書いてて切なすぎますね、それはι
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