「声が、聴こえる…」
 僕の隣でゲームをしていた彼は、突然呟くと、持っていたコントローラーを落とした。
「うるさいっ。黙れ」
 頭を抱え、何度も叫ぶ。額には、薄っすらと脂汗が滲んでいた。
「赤也っ」
 僕は読みかけの本をそのまま落とすと、彼の肩を強く掴んだ。その眼を覗き込む。
「赤也、落ち着いて」
「オレのせいじゃない。オレのっ…」
 けど、既に自分の世界に入ってしまっている彼の眼には、何も映っていなかった。
 僕は彼の顔を上げさせると、そのまま唇を重ねた。肩にあった手を背に回し、強く抱き締める。
 彼の腕が僕の背中に回り、塞がれた言葉の代わりと言わんばかりに爪を立ててきた。それでも、僕は彼を離さなかった。腕も、唇も。
「……っ」
 ガリ、という音と共に、口内に広がる鉄の匂い。唇に痛みを感じながらも、僕は更に深く彼に口づけた。
 血の味が濃くなっていくのと比例して、彼の腕の力が緩くなる。恐らく、僕の血が、彼を正気へと導いているのだろう。
 彼の腕から力が完全に抜ける。かと思うと、次の瞬間には、彼は再び強く僕を抱き締めてきた。但し、今度は爪を立ててはいない。
 正気に戻ったのだと感じた僕は、唇を離した。
「赤也」
 しっかりと彼と眼を合わせ、そして微笑う。
「不二サン、オレ…」
 言いかけて、僕の口元の血に気づいたのだろう。彼は眼をそらすと、彼は僕の肩に額を乗せた。背に回されていた手が、縋るように僕のシャツを掴む。
「スミマセン。オレのせいで。また、傷つけて」
 搾り出すような声で言う。僕は首を横に振ると、彼の頭にそっと手を置いた。優しく、髪を梳くようにして撫でる。
 彼は、ときどき発作のように白昼夢に襲われることがある。それは、テニスをしている時でも起こるらしいのだが。大抵は、僕といる時だ。
 それもそうだ。彼の白昼夢の内容は、僕と深く関連している。いいや、僕の所為でそれを見るようになったのだと言っても、間違いではない。
 彼が見ているのは、今まで自分が他のプレイヤーにしてきた行為に対する後悔の念で。それは、僕が彼に抱かせたもの。
「やっぱり、少し、距離を置いた方がいいのかも知れないな」
 僕の言葉に、彼の身体が揺れる。ゆっくりと顔を上げた彼は、酷く情けない顔をしていた。
「やっぱり、不二サンはオレと一緒にはいたくないんスね。そうっスよね。オレといると、傷ばかりが増えて…」
 言って僕から眼をそらす。それと同時に、僕の背から温もりが消えた。だらりと垂れ下がる彼の手。溜息を吐くと、僕は彼の手に自分のそれを重ねた。
「そういう意味じゃないよ。ただ……。ただ、僕が傍にいる事で、君が苦しむのなら。僕は傍にいない方が良いんじゃっ」
 言いかけて、続きの言葉を彼の唇に塞がれた。意志を持っていなかった彼の手が、探るようにして僕の指に絡まってくる。
「アンタの所為じゃないっスよ。全部オレのせいだ。不二サンは、オレを正しい道へと導いてくれた。オレ、不二サンには感謝してるんス。だから、そんなこと言わないでください」
 僕の手をしっかりと握り、見つめてくる。その眼は、今にも泣き出しそうで。
「分かったよ。もう言わないから」
 右手を解くと、彼の頭をそっと撫でた。
「……ありがとうございます」
 消え入りそうな声で呟いた彼の頬を、一筋の涙が伝う。彼の頬に唇を寄せ、その涙を掬うと、僕はそのまま彼を抱き締めた。それを合図にしたかのように、彼の肩は震え、その口からは嗚咽が漏れる。
 もう、いいよ。
 彼の背に腕を回し、薄暗い天井、その遥か向こうに居るのかもしれないモノに向かって、僕はココロの中でそう呟いた。
 白昼夢に犯されながら呟く『オレのせいじゃない』と言う科白はきっと、誰よりも自分の所為だと理解っているからこそ出てくる。だとしたら、彼は充分にその罪を償ったはずだ。
 もし、この世に神が居るとするのなら。そしてその神が、彼の再起への道を断とうと言うのなら。僕は、神を許さないし、それ以上に神にそうさせてしまった僕自身を許しはしないだろう。
 彼の罪は、そのまま僕の罪でもあるのだから。
「今更、僕が言える事じゃないかもしれないけど。……僕が守るから。この白昼夢から。赤也を傷つける総てのモノから」
 君は悪くない、とは決して言えない。だけど、その罪はもう忘れてもいい筈だ。だから。
「僕が、赤也を守るから」
 彼から身体を離し、微笑ってみせる。
「ありがとうございます」
 嗚咽混じりの声で返すと、彼は泣きながらも微笑ってくれた。





……しまった。『罪と罰』とか『懺悔』とか。そっちのお題でも使えたのに…。
まぁいいや。
そんなわけで。ラブラブ(?)不二切でした。
アニプリの合宿で、赤也が白昼夢に襲われていたのでネ。あそこに、不二の声も入ってたし。
ってか、赤也は受けだ〜。可愛いよぉ。
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