「くそっ、何でだよ」
 体を起こすと、オレは頭を抱えた。
 こんなことがしたかったわけじゃねぇ。いや、したかったんだが。だが、こんな風じゃねぇ。
 チラ、と隣で寝息を立てている奴を見る。その驚くほどの安らかな顔に、また罪悪感が込み上げてくる。
 こんなはずじゃなかったんだ。全部、コイツが悪い。オレを恐れずに近づいてきたコイツが。何をしても涙を流さなかったコイツが。



 朝から、機嫌が悪かった。
 理由は自己嫌悪。高校進学をいよいよ考えねぇといけねぇってのに、オレの頭の中はアイツのことでいっぱいだった。別に今更始まったことじゃねぇが、夏にテニスの大会で会ってから症状が進んだ。最近は毎晩のように見る。
 アイツを、河村を犯す夢を。
「仁。あたしもう行くからね。お昼ご飯、作っといたから。あんた、午後からでもいいから休まずにちゃんと学校行きなさいよ」
 階下から聞こえる喧しい声。オレは煙草に火を点けると、そっちに向かって声を張り上げた。
「いいからてめぇはさっさと仕事に行きやがれ」
「あー。それと、今日はちょっと遅くなるから。じゃあ、行ってきます」
 バタバタと耳障りな足音と、玄関の閉まる音。耳を澄まし、優紀の足音が消え去ったのを確認すると、オレは煙草を消し、ベッドに横になった。
 かったりぃ。
 優紀の帰りが遅い日は、学校をサボることに決めていた。一日中家にいてもばれることもねぇし。それに、今日はとてもじゃねぇが外を歩く気分になれねぇ。こんな状態でもし偶然アイツに会っちまったら、自分でも止められるかどうか…。
「もう一眠り、すっかな」
 呟いて眼を閉じる。と、夢が蘇ってきて、オレは眼を開けた。体に、熱が蘇ってきてやがる。
「くそっ」
 ガツ、と自分の頭を殴ると、オレはシャワーを浴びるために部屋を出た。

「……何で、てめぇがここにいるんだよ」
 ビールを手に部屋に戻ったオレは、自分の目を疑った。
「おはよう、亜久津。って、もうお昼だけど」
「かわ、むら…」
 名前を呼ばれたヤツは、微笑うとオレに制服を差し出した。そのことで、オレはパンツ一丁だったことを思い出し、慌ててそれを身につけた。ただ、学校に行く気はねぇから、学ランはそのまま床に投げ捨てたが。
「つぅかよ。だからなんでてめぇがここにいるんだよ。学校はどうした」
 プルタブを開け、ビールを口に運ぶ。が、その前に河村に取られてしまった。睨みつけるが、コイツにはそんなもん通じるはずもねぇから。窓を開け、中身を捨てられちまった。
「何しやがるっ」
 掴みかかろうとしたが、今朝の夢が一瞬頭を過ぎり、オレの動きは止まった。逆に、中途半端に伸ばした手を、河村に掴まれる。
「駄目だよ。亜久津はこれから学校に行くんだから」
 手を裏返すと、河村は新品同様のオレの鞄をしっかりと握らせた。ね、と微笑いやがるから、オレは顔を伏せるしかなかった。
「……てめぇこそ、学校はどうした」
 目を合わせること無く、呟く。
「ああ。今日は早帰りなんだ。そしたらさ、途中で優紀ちゃんに会ってね。亜久津がまたサボるかもしれないから、学校に行くように言ってやってくれって。鍵も渡されてさ」
「……あの、お節介が」
「亜久津?」
「んでもねぇよ」
 訝しがる河村に、オレは舌打ちをすると少し距離を空け、隣に座った。ベッドの軋みが、また、夢を蘇らせる。そろそろヤバイってんだよ。くそっ。
「亜久津。なんか、機嫌悪いみたいだね」
 折角間を空けたのに。コイツは体を寄せるとオレの顔を覗き込んできた。近さは夢で慣れてるから赤面はしねぇが、その無邪気さに自己嫌悪する。
「てめぇのせいだ。オレに構うな」
 その胸を押しやると、オレは煙草に手を伸ばした。ライターを探す手を、掴まれる。
「おれのせい?おれのせいって、どういうこと?」
「てめぇがいちいちオレに構うからだ。うぜぇんだよ」
 イライラする。オレの手を掴んでいる河村の左手を取ると、オレはそれを思い切り捻った。声は上げないものの、河村の顔が苦痛に歪む。その表情ひとつひとつが、いちいち夢とリンクして、余計にイライラする。
 オレは突き飛ばすように捻った腕を投げ出すと、立ち上がった。強く河村を睨みつける。
「これ以上痛い目を見たくなかったらオレに構うな。出ていけ」
 上から威圧するだけじゃ足りねぇのか、河村はオレを見上げたまま微動だにしなかった。舌打ちをし、その胸座を掴み上げる。
「優紀の頼みだかなんだか知らねぇが、いちいち迷惑なんだよ。てめぇはてめぇのことだけ考えてろっ」
 ベッドに向かって投げ飛ばす。ゴッ、と鈍い音がして、河村は壁に頭を打ちつけた。しまった、と思ったが、ここで引いたら苦労が無駄になる。だが。
「オレはオレのことしか考えてないよ」
 頭をさすりながらも、河村は相変わらず真っ直ぐにオレを見ていた。怯えた様子はなく、寧ろ勇んですらいやがる。
 いつも、そうだ。オレがいくら睨みつけても、突き放しても。いや、そうすればそうするほど、しつこく付き纏って来やがった。それがオレに異常な妄想をさせやがる原因なんだ。
「いくら優紀ちゃんの頼みでも、聞けないものだってあるよ。おれが今ここにいるのは、おれがそうしたいって思ったから。おれが、亜久津のことが気になるからなんだよ」
「このっ…」
 真っ直ぐな眼を向けられているのが辛くて、その口を塞ぎたくて。気がつくと、オレは河村の肩をベッドに押し付け噛み付くようにキスをしていた。既にオレの体は後戻りが出来ない程に熱くなっていた。
「あく、つ?」
「てめぇのせいだ。てめぇがオレのっ…」
 今までの努力を無駄にするからだ。
 もう一度暴力的なキスをし、そのシャツを思い切り引き裂く。両手を頭の上でひとまとめにして押さえつけると、河村を見下ろした。怯えた目をしていることを想像して。
 だが。
「なんっで。てめぇはそうなんだよ」
 それでも、真っ直ぐな眼で河村はオレを見つめていた。自分の中に、夢で見た光景が入り込む。押さえつけていた欲望が、黒い感情と混ざってオレの中を支配し始めていた。
「泣けよ。怯えろよ。憎めよ。蔑めよ。オレを嫌いになれよ」
 愛撫と呼ぶには程遠いものを与える。もうそれは、殆んど暴力に近かった。それでも、河村は涙ひとつ浮かべず、全てを受け入れるような目で真っ直ぐにオレを見続けた。
「くそっ。嫌いになれよ」
 違う。こんなことがしたいわけじゃねぇ。こんな風にしたいわけじゃねぇ。こんな言葉が言いたいんじゃねぇ。
 優しくしてやりたいと思えば思うほど、その真っ直ぐな眼がオレの心を歪めて行く。違うんだといくら自分に言い聞かせても、既にいうことを聞かなくなった体は、河村への行為を止めることは出来なかった。
 そして――。
 気を失うその瞬間まで、河村は涙を流さず真っ直ぐにオレを見つめていた。



「てめぇが悪いんだぞ、河村」
 煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出す。オレの体にはまだ互いの精液や河村の血液がこびり付いていたが、それを拭う気にはならなかったし、拭うことは許されなかった。コイツが目を醒ましたとき、オレと自分のありさまを見て、オレを嫌いになるようにするために。
 灰皿がない。それの代わりになりそうなものを探すと、窓際に置かれたビールの空缶が合った。それを手に取り、再びベッドに腰をおろす。
 嫌われたよな、嫌われた。当然だ。オレはそれを望んでいたんだ。
 だが。出来れば、ここまで傷つける前に嫌われたかった。そうするようにしてきたのに、コイツがそれを台無しにしたんだ。折角、オレという獣から守ってやろうとしたってのに。
 ふぅ、と溜息と共に煙を吐き出す。と、後ろで、ゴソ、と奴が動いた気がした。慌てて振り返る。が、そこにあったのは相変わらず安らかな寝顔だった。
 向き直り、煙草を咥える。
「……ベッドの上で煙草吸っちゃ駄目だよ」
 その声と共に腕が伸びてきて。煙草を取られてしまった。
「かっ…」
「消すからね」
 振り返るオレに、河村は優しく微笑うと、缶の中に煙草を捨てた。そのまま、伸ばした腕を折り曲げ、オレを抱き締める。河村の行動の意味が分からず、中途半端に振り返った姿勢のまま、オレは動けないでいた。それをいいことに、河村はオレを抱き締める手に力を入れると、ピッタリと体をくっつけて来やがった。
「何、してやがる」
「何って。ちょっと、腰が痛いから休憩をさ」
「そうじゃねぇだろっ」
 腕を解き、もたれかかってくるその体を押し退けると、オレは河村を睨みつけた。それでも、こんな酷いことをしたのにも関わらず、河村はいつもの眼でオレを見ていた。
「ねぇ。亜久津は何でこんなことしたの?何でオレに嫌われようとしたの?」
 河村の手が、汚れたままのオレの手を握る。
「そんなことしたって、おれは亜久津を嫌いになんてならないよ。だって、おれ、亜久津が好きだから」
「なっ…」
「だから……。痛かったけど、嬉しかった。いつかは好きだって伝えたかったけど。伝えたところで、こういう関係になれるわけがないって思ってたから。……順番、逆になったけど。おれ、亜久津が好きだよ」
 言いながら、河村の顔はどんどん赤くなっていった。その色は、行為の最中よりも、ずっと赤い。それが伝染したかのように、オレも、自分の頬が赤くなっていくのを感じた。
「……亜久津、泣いてるの?」
「は?」
 河村の手が離れ、オレの頬に触れる。オレも自分の頬に触れると、指に生温かいものがついた。
「何をされても、てめぇは泣かなかったのにな。強いよな、おめぇはよぉ…」
 そしてオレは弱い。涙を拭き呟くオレに、それは亜久津が優しいってことだよ、と言って、河村は苦笑した。
「悪かった」
 その肩に額を乗せ、呟く。
「謝らなくていいよ。言っただろ、嬉しかったって。それに、おれが欲しいのはそんな言葉じゃないしね」
 頭を掴まれ、目を合わされる。真っ直ぐな眼に、今更ながら胸の鼓動が高鳴った。咳払いをし、河村を見つめ直す。
「好きだ」
 オレの言葉に満面の笑みで頷く河村に、オレは念願だった優しいキスをしてやった。





タカさんは強いよ。泣ける強さと泣かない強さを持ち合わせてるから。テレビや映画で泣いても、意地悪には泣きません。強さから来る優しさと、弱さから来る優しさがあるけど。タカさんは前者です。
と、まぁ、なんとかヤるところまで行きましたね。まぁ、いつまでも片想いじゃ可哀相ですから。
つってもなぁ、強姦もどきだし(汗)。只今、脳味噌エロなのでこんな風に…。
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