全てが紅く染まってしまった部室で、蒼い眼だけが異様な輝きを放っていた。

「……壊れてる」
 既に慣れてしまった鉄の臭い。菊丸は目の前にいる紅いイキモノを見て、ただ、そう呟いた。
「違うよ、英二。僕は壊れてなんかいない」
 菊丸の声を聞き入れた生き物――不二は、振り返ると菊丸に言った。その際に咥えていた腕がぴしゃりと音をたてて落ちた。
「ひっ…」
 手に鋭い光を放つナイフを手にしたまま、ゆっくりと不二が近づく。足を踏み出すたびに床に広がった血液がぴしゃりと音をたてる。その音や波紋に嗅覚ではない部分で鉄の臭いを感じた菊丸は、2,3歩後退り部室から出ると、その場で吐いた。けれど、既に部室に入った時に胃の中のモノを吐き出してしまったため、嗚咽だけで何も出てこなかった。
 不図、背後に気配を感じ、慌てて振り返る。
「不二っ」
「後少しなんだ…」
 見上げると、ナイフを振り翳した血塗れの不二が立っていた。
「やめっ」
 殺される。そう思って菊丸が手を翳した時。
「がっ…」
 ドンっ、と鈍い音と不二の呻き声がした。
「大丈夫ですか?」
 聞こえて来た優しげな声に恐る恐る顔を上げた菊丸の目にまず映ったのは、不二のモノではないナイフの突き刺さった胸だった。刃が栓の役割をしているのだろう。深く刺さっているのにも関わらず、刃の刺さった不二の胸の出血はじわじわとシャツが紅く染まっていく程度だった。
「もう大丈夫ですよ、菊丸くん」
「大和、部長?」
 なにがなんだか分からず後退さった菊丸がぶつかったのは、元青学の部長、大和祐大の足だった。見上げる菊丸と眼を合わせた大和は、菊丸を落ち着かせるように優しく微笑った。
「悪魔は、死にました」
 菊丸の腕を掴み、立ちあがらせる。見ると、その手には、不二のものと思われる血液がべっとりとついていた。それは、不二を刺した時に飛び散ったもの。
「……まさか、貴方が来てくれるとは思いませんでしたよ」
「っ!?」
 聴こえて来た穏やかな声に視線を映すと、いつの間に移動したのか、不二が血で真っ赤に染められた部室の中に立っていた。心臓にはナイフが刺さったままなのにも関わらず、穏やかな笑みを浮かべ、生きている。
「不二くん。どうしてこんなことをしたんです?」
「淋しいかと思いまして」
 既に生き絶えているほかの部員達の腕を掴み重ねると、不二はそこに腰を降ろした。まるで手持ち無沙汰なのを紛らわすかのように、自分の下にあるものたちをナイフで突く。
「淋しい?誰が」
「手塚ですよ。僕の愛する、ね」
 クスリと微笑うと、不二は血に塗れた手で、シャツの胸ポケットから一枚の写真を取り出した。
「貴方がちゃんと心臓を狙ってくれて助かった。ギリギリでしたけど、写真には傷がついてないみたいです。まぁ、紅く汚れてしまったのは残念ですけど」
 目を細めてその手塚の写真を眺めると、不二はそこに唇を落とした。クシャ、とそれを握り締め、床に落とす。地の海と化したそこに落ちた写真は、あっという間に紅く染まった。
「皆、混乱してるよね。僕を止めたいならさ、直接かかって来ないで、警察でも呼べばよかったのに。まさか、大和部長を呼ぶなんて」
 ゆらりと立ち上がると、不二はクスクスと微笑いながら言った。ゆっくりと、二人の元へ近づく。
「本当は、英二に殺されたかったんだけどな。まぁ、いいや。刺してくれてありがとうございます、大和部長。やっぱり、死ぬと覚悟していても、自分で自分を殺すのは自信がありませんでしたから。助かりました」
 言って立ち止まると、不二は深く頭を下げた。
「後は」
 呟いて、顔を上げる。獲物を狙う獣のような眼をした不二は、真っ直ぐに大和を向いていた。
「貴方を殺すだけです。あと、英二も、ね」
 菊丸に視線を移すと、不二は優しく微笑った。その笑顔は、菊丸はこれが悪い夢なのではと思い眼を擦ってしまうほどに日常と変わらないものだった。
 けれど、これは夢でも幻でもない、現実。
「貴方が来てくれるなら、きっと手塚も喜びますよ。じゃあ、僕は後から逝きますから。先に逝って手塚と試合でもしててください」
「ぐっ……ぁ」
 ドン、という音に驚いて菊丸が顔を上げると、そこには大和の姿はなく、優しい笑みを浮かべる不二しかいなかった。嫌な予感に、呻き声の聴こえる足元に視線を映す。
「大和部長っ!」
「もう死んだよ。大丈夫、淋しくなんかないから。だって、英二もすぐ逝くんだからね」
 大和の横にしゃがみ込もうとした菊丸の肩を掴むと、不二は血に塗れたナイフでその喉を掻き斬った。しゃあしゃあと、血液が不二に向かってシャワーのように飛び出る。
「ふっじ、ぃ…」
 気管を斬られた所為で、ひゅうひゅうと空気の漏れる音が混ざって菊丸の口から零れた。弱々しく伸ばした手は不二に触れること無く、菊丸はその場に倒れた。
「後はっ」
 その場に倒れた菊丸と大和の腕を掴むと、不二は部室の中心に重ねてある他の死体の上に乗せた。部室の扉を閉め、その上に座る。
「ね、手塚。天国のテニスプレイヤーは強いかな?僕はそっちには逝けないけど。地獄で一番になるから。そうしたら、きっと会えるよね」
 天に向かって呟くと、不二は胸に刺さったナイフを引き抜いた。そこに溜まっていた血液がどろりと流れ落ちる。
「地上の血の海と、地獄の血の池。どっちの方が浸かり心地がいいかな」
 呟いて微笑うと、不二の手から離れたナイフが乾いた音をたてて床に落ちた。そして不二は、血の海へと沈んで逝った。





手塚は事故かなんかでしにました。
やっと、本来の自分を取り戻せた気がするヨ。死にネタ万歳。これこそがほんまに死にネタよ。
鉄の臭いはきついです。でも、嗅覚はすぐに慣れるのです。怖いね、ニンゲンって。
天国を信じてる不二を書くのは珍しいなぁ。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送