忘れてたんだ。すっかり。
 綺麗なモノを穢すことは出来ても、穢れたモノは穢れたままだってこと。


 胸を引き裂くほどの優しい羽ばたき。その音と共に、地上へ降り立つのはひとりの天使。
「何の用っスか」
 それが誰だか分かってっから、オレは振り向くこと無く聞いた。人間だったモノの身体を足でおさえ、その腕をねじ切る。これが、今夜の食料だ。
「相変わらず、冷たいね」
「アンタ相手だと、ろくなことになりませんからね」
 滴る血が勿体無くて。腕を高く上げると、千切れたそこに舌を這わせた。
「アンタこそ、何の用っスか?」
「君がまた、必要以上に人間を殺したからさ。その注意をしにきたんだよ。ねぇ、赤也。君は地上に昇れるだけでも悪魔としては凄いんだよ?それなのに、こんなことばかり繰り返してたら、そのうち、地上にすら上がって来れなくなるよ」
 噛み付こうとした腕を取られ、オレの歯はカツンと鳴った。舌は挟まなかったものの、少し顎が痛ぇ。
「余計なお世話っスよ。それに、アンタにとってはそっちのほうが都合がいいんじゃないっスか?たった一匹の悪魔の為に、わざわざ地上に降りてこなくてもいいわけだし」
 汚いモノを持つような手でオレの食料を持っている天使を睨むと、オレはその腕を取り返そうと手を伸ばした。けど、それはあっさりと避けられちまった。翼を使って。
「ねぇ、赤也。僕の名前、覚えてる?」
「……不二、サンっしょ。悪魔がみんなバカだと思ったら大間違いっスよ。オレだってその気になれば……」
「その気になれば?」
「アンタを喰うことだって出来るんスよ」
 隠していた爪を出し、黒い翼も広げる。これは地上では役に立たねぇが、威嚇程度にはなる。
 けど、不二サンにはそれが通用しなかった。あくまで優しい笑みを浮かべて、オレを見下ろしている。それがそのまま二人の階級差を表しているようで、ムカつく。これだから天使は嫌いなんだ。
「君を莫迦だとは思ってないよ。だから僕は安心して君の前に現れてるんだ」
「あん?」
 翼を閉じ、足音もなく地に足を着ける。持っていた腕を投げ捨てると、自分の手についた血液を擦り付けるようにしてオレの頬に触れた。
「天使を食べたら地上にすらこれなくなるってこと、ちゃんと分かってるから。だから君は僕に何もしないんでしょう?」
 可哀相にね。そう言われた気がした。笑顔で言うから、尚更だ。
 不二サンの手を振り解き、背を向ける。本当はその場から逃げ出したかったけど、何故か翼が出てこなかった。かわりに、弱音が零れてくる。
「だって、しかたねぇだろ。生まれた時から、こうだったんだから」
 オレは悪魔になりたくてなったわけじゃねぇ。だって、人間どもがオレを見て逃げるんだ。悪魔を演じろって、恐怖に満ちた眼で言いやがるんだ。だったら、悪魔になるしかねぇだろ。それがオレの生きるための役割なら。
 声には、ならなかった。ただオレは、その場にへたり込んだ。悪魔でも涙は出ることがあると聞いていたが、それは出て来なかった。
「そんなに空に憬れるならさ」
 暫くの沈黙のあと、不二サンはオレの肩を掴むと、隣にしゃがみ込んだ。顔を上げたオレの目を、じ、と見つめる。
「僕と翼を片方、交換するかい?」
「?」
「天使は片翼でも飛べるんだ。僕の友達でもそう言う奴が居るからね。君には悪魔の翼があるから、天界にまでは行けなくても。きっと、空くらいは飛べるよ」
 言うと、不二サンは優しく微笑った。オレの手を取り、立ち上がらせる。
「いいんスか、そんなことして」
「僕が言い出したんだ。良いに決まってるじゃない。その代わり、君の翼を片方、貰うから。いいでしょう?」
「………いい、っスよ」
 頷くオレに、不二サンは一瞬だけ悪魔のような笑みを見せた。
 その時に、気づくべきだったんだ…。


「何だ。折角赤也の好きそうな人間を探してきたのに。食べないの?」
 檻の向こうから、悪魔の笑みを浮かべた元天使がやってくる。オレは、片翼を失い、足を鎖で繋がれていた。
 ここは魔界。そしてオレはもう、天空は愚か、地上に昇ることすら出来ない。
「殺せ」
「駄目だよ。悪魔なのにも関わらず、純粋で真っ直ぐな心。ずっと君を見てた。やっと手に入れたんだ。放しはしない」
 バサ、と音を立てて、漆黒に染まった翼が仕舞われる。不二サンは檻を開けると、オレの前に立った。強引に抱き寄せられ、唇を重ねられる。
「……っ悪魔」
「今は、ね」
 クスと微笑うと、不二サンはそのままオレを押し倒してきた。片翼しかないオレは、堕天して悪魔となった不二サンよりも、力が弱い。だから当然、抵抗したって無意味だ。それはここ一ヶ月の暮らしで嫌というほど分からされた。
「悪魔はみんな莫迦だとは思ってないよ。でも、君も、天使がみんな純粋だと思っちゃ駄目だよ。ごく稀に、僕みたいな異端者も生まれるんだ」
「望んで悪魔になるやつなんて、初めて見ましたよ」
「そう?僕の周りでは、何人かいたんだけどな。片翼で天使を続けている僕の友人は、悪魔になりそこなった1人ってね」
 クスクスと微笑いながら言うと、不二サンはオレを犯すために手を動かし始めた。勝ち目がねぇし、抜け出したって地上にすら上がれないオレに生きる意味なんてねぇから。オレは目を閉じて、それに身を委ねる。
 忘れてたんだ。すっかり。天使は堕天して悪魔になることが出来るけど。悪魔は天使にはなれねぇって。穢れとして生まれたものは、何処までも何時までも穢れたままだって。そう望んで、生まれてきたわけじゃなくても…。





アニプリ不二vs赤也戦とその後のジュニア選抜で赤也が悪者になってたときのことをパラレルにしてみました(笑)
不二は天使だとしても、異端だよね、きっと。
穢れた天使と、純粋な悪魔。まるでアンパンマンとバイキンマン。アンバイ。餡菌。好きだぁ(笑)
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