自由の意味って、知ってるかい。
余りに有り触れすぎているから。辞書やなんかで調べたことはないけれど。
僕は、こう思うんだ。
自由とは、僕だけに都合のいいこと。
「止めろ。傷が増えるだけだ」
彼の姿を見た途端ガチャガチャと狂ったように鎖を引き千切ろうとする僕に、彼は冷静に言った。僕に足早に近づき、両手を抑えて唇を重ねる。
随分と、慣れたものだ。唇を離し、僕の手首に舌を這わせてそこから流れ落ちる血液を舐めとる彼に、僕は内心笑った。
自分で僕を繋いでおいたのだから、予測はしていたはずなのに。それでも暴れる僕に、彼は初め酷く狼狽えていた。どうして良いか分からずに、暫く呆然と僕を見ていた後で彼がした行動。枷との間で血を流している僕の両腕をおさえ、無理矢理に、深く唇を重ねること。その彼の行動に、少し驚いたけど。それは僕の望んでいたものでもあったから、素直に受け入れた。彼はそんな僕の気持ちなんて知らないから、自分がキスをしたことで僕が落ち着きを取り戻したのだと、勘違いした。実際の所は、落ち着きがなくなり興奮状態に陥ったのだけれど。
それ以来、彼は僕が暴れだすと自分からキスをするようになった。初めはぎこちなかったけれど、今ではそれがない。そのことは半分嬉しく、半分哀しい。僕は彼が欲しかったけれど、こんな風に慣れてしまった彼が欲しかったわけではないから。
「逃げられないことくらい、お前なら分かるだろう」
手首が血液のかわりに彼の唾液でベトベトになった頃、彼は顔を上げると僕に言った。そのまま、キスをしてくる。流し込まれる血の味に、僕は少しだけ顔をしかめた。
「そんなにオレが嫌か」
「僕は自由が欲しいだけだよ」
服を脱がされる。うんざりだ。そんな風な溜息を吐きながら、僕は言った。彼が笑う。
「好きなだけやれるんだ。満足だろう」
「それは君でしょう、手塚」
服を脱ぎ終わった彼を呼び寄せるように、僕は微笑うと手を広げた。その中に、吸い込まれるようにして彼が入ってくる。強く抱きしめると、既に彼の躰は熱くなっていた。
「不満ならば、しなければいいだろう」
僕の指先に、彼が少し荒くなった息で言った。クスリと微笑い、目の前にあった鎖骨に噛み付く。
「僕にその気がなくても、君が勝手に乗ってくるじゃない。そうなるとさ、僕もオトコのコだからね」
「心と体は別、ということか」
「まぁ、そんなところかな」
ふふ、と微笑いながら、この生活で知った彼の感じるところを指でなぞる。彼は僕の肩に爪を立てるようにしてしがみ付くと、指の動きに合わせて小さく声を上げた。キスは慣れても、それ以外のことにはまだ恥じらいが残っている。自分から求めているのにも関わらず。それが可笑しくてたまらないから。僕はこんな扱いをされながらも、彼の要求に応えてしまう。いや、違うか。別に僕は、彼の要求に応えているわけじゃない。
要するに、これが僕の自由。一日中彼のことだけを考えて、好きなだけ躰を重ねられる。なんて僕だけに都合のいい、生活。
ただ、自由には一つだけ、難点がある。それは、彼を拒むフリをしなければならないこと。少しでも、許してはいけない。許せば、途端、鎖を解かれてしまうから。僕の自由は、鎖に繋がれてこそのものなのだから…。