コートの上は、彼の領域。そして、その中に僕が聖域と呼んでいる場所が在る。油断をしない彼の、本気という名の聖域。
 そこに入ることを許されているのは、僕だけだ。
 僕だけ、だった…。

「君が対戦した時もそうだった?」
「……知っていたのか」
「うん。何となく」
 何となく、な筈がない。コート上で彼と対峙した瞬間に、気づいたさ。その聖域に、越前の気配が残っていたことに。それは僕の微かに存在していた気配さえ掻き消して。居座っていたんだ。
 今まで、僕しか入れない筈だった、僕しか入れないと言っていたその場所に。たった数ヶ月で割り込んで…。
 僕は君にしか本気を見せてないっていうのに。
「そんな顔をするな」
「え?」
 俯いた僕の頬に、彼の冷たくなった手が触れる。見上げるタイミングで、唇を重ねられた。いつもより冷たい感触に身を震わせていると、ぬるりと生温かいものが口内に侵入してきた。
 慌ててその胸を押し、体を離す。
「駄目だよ、手塚。皆見て…」
「もう皆、部室に戻っている。それに、見たい奴には見せつけてやればいい」
「何言って…っ」
 ぐ、と肩を引かれ、再び唇が重なった。
 いつもならこんなことをするのは僕の役目で、嫌がるのは彼の役目。なのに、今日はどうしたと言うのだろう。そんな疑問が浮かんだけど。雨の冷たさと触れている温かさに流されて、いつの間にか僕は、彼の求めに応じてしまっていた。

「……皆、見てたみたいだね」
 クスクスと微笑いながら、窓の向こうを指差す。制服に着替え帰る部員達は、途中、何気無い素振りで僕たちを窺っていた。何かを、ひそひそと話しながら。
「うるさいっ」
 顔を真っ赤にしたまま言った彼は、頭を抱えるようにして昇降口奥の廊下に座った。
 雷の音で我に返った彼は、突然僕を突き放すと、顔を赤くして部室に走って行った。が、2、3歩行った所で立ち止まると、今度は僕に向かって走ってきて、そのまま僕を攫った。誰もいない、校舎へと。
 手で軽く水を払い、彼の隣にしゃがむ。頭を抱えているその手を引っ張ると、やっとのことで彼が顔を上げた。
「どうしたの?人前であんなこと。手塚が嫌だって言うから、僕だって極力我慢してるって言うのに」
「お前の所為だ」
「……僕の、所為?」
「そうだ」
 溜息混じりに呟くと、彼はまた頭を俯いてしまった。今度はどうも顔を上げてくれそうにない。
 仕方ないな。今度は僕が溜息を吐く。落ち込んでいたのは僕の筈なのに。少し変だとは思いながらも、僕は彼の後ろに回ると、体重をかけるようにして抱き締めた。
「……重い」
 俯いたまま、少しくぐもった声で彼が呟く。
「うん」
 僕は頷くと、さらに体重をかけた。揺り籠のように、その体を揺らす。触れた瞬間は冷たかったけれど、ずっとそうしているうちに、触れている部分が熱を持ち始めて来るのが分かった。
「………重い」
「うん」
 まだくぐもっている声に、ただ頷く。そのまま暫く沈黙を続けていると、お前の眼が、とくぐもっていない声が響いた。手を解き、彼の隣に戻る。
「僕の眼が、どうかした?」
「………試合中の、越前を見るお前の眼が。オレに向けているものと、同じだったから。オレはお前にしか本気を見せていないのに」
「て、づか?」
「侵された気がしたんだ。お前の聖域を。悔しかった。出会ってまだたった数ヶ月しか経っていないのに。だから、見せつけてやりたかった。お前の聖域には入れないことを。見せつけて、追い出してやりたかった。そう思ったら、体が勝手に…」
 何て、言えばいいのか分からなかった。また俯いてしまった彼に、何か言わなければと思うのだけれど、上手く言葉が見つからなかった。見つからなかったから。僕は冷えた手で彼の頬を包むと、そっと唇を重ねた。
「僕も、同じだよ。君の本気の中に、越前の気配が在ったから。だから。あの試合で、君の聖域には踏み入れることが出来ないってこと、それを許されてるのは僕だけだってことを見せつけたかったんだ」
「……同じ、気持ちだったんだな」
 自嘲気味に、彼が呟いた。そうだね、と返し、微笑う。
「もしかしたら…」
 呟いて、僕は首を振った。もしかしたら、じゃない。きっと、だ。
「きっと、聖域は、互いの中に存在してるんじゃなくて。僕たちの中に存在してるんだよ」
 だからもう、大丈夫。何が、と言わずに呟いて微笑う僕に。彼も、そうだな、と頷くと、濡れた額を重ね、微笑った。





雨の日の不二とリョーマの試合のあとの話。
あっれー。不二の勝負に執着出来ない発言はいつしたのでしょう?
まぁ、それはおいといて。
この雨の日の試合の話。不二塚で、もうひとつ考えてあったりするんですよね。
あの話は不二塚スキーとしては、手塚が嫉妬するいい機会なので、見逃せませんよね。
積極的な手塚が好きです。
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