「やめっ…!」
 悪夢に魘されて、覚醒する。まだ深夜である時間の為、視界には色の無い世界しか映っていず、私はこれが夢の続きなのではないかと一瞬疑ってしまった。
「……どうか?」
「何でもない。君は寝ていなさい。明日の朝練はいつもより厳しいメニューになる」
 不安げに顔を覗き込んでこようとする跡部を制すと、私はベッドから降りた。背後で、なら呼ぶんじゃねぇよ、と悪態を吐く声が聞こえてきたが、私はそれに対して反応を示す気力すら持ち合わせていなかった。いつもならば、それならば来なければいいだろう、と不敵な笑みを浮かべながら答えるのだが。
 寝室を後にし、自室に鍵をかけて篭る。精神を落ち着かせるためにクラシックのレコードを潜在意識に入りこまない程度の音量でかけると、椅子に座った。机に両肘を乗せ、組んだ手に額を乗せる。
 暫くそうしてゆったりとした呼吸を繰り返していると、不意に辺りが明るくなった。振り返ると、窓の向こうでそれまで隠れていた月が姿を現していた。その青白い光が、あの夜を再び私に思い出させる。人生最大の失態。忘れてしまいたい唯一の夜。

 ジュニア選抜の合宿はなかなか良いものだった。私の班に配属された子たちは素直に指示を受け入れ、それだけではなく、更に効率の良い練習法があると私にそれを持ちかけた。氷帝では簡単な指示を与え、他は部長である跡部に任せているので、私にはそれが新鮮だった。
 その跡部と、私は班が違った。それが、私の運のつきだったのだ。
 二日目の夜、跡部をいつものように呼び出そうと合宿所の廊下を歩いていると、突然背後から声を掛けられた。
「榊先生」
「……不二か」
 私が振り返るよりも先に、彼は私の前に回りこんで来た。私に名前を呼ばれたことに、満足そうに目を細めながら。
「跡部のところですか?」
「…………君は」
「跡部から聞いてます。でも、跡部は今、部屋には居ませんよ」
 ニ、と少々不気味にも思える笑みを浮かべると、彼は別館のトレーニングルームを指差した。私の視線がそちらに向いてから、再び言葉を並べる。
「さっきまで一緒にトレーニングしてたんです。僕はもう遅いから終わりにしたんですけど。彼はまだもう少しって言って。どうしても選ばれたいみたいですね。それとも、誰かに認められたいのか」
 含んだような口ぶりに視線を戻すと、彼はまだ笑みを浮かべていた。トレーニングルームから私に視線を戻す。
「僕がお相手してあげましょうか?」
「……何だと?」
「あれ?可笑しいな。跡部から聞いてません?僕のこと」
 不二周助って、青学の。あいつ、監督に興味あるって言ってましたよ。そういう意味で。
 記憶も手繰るまでもなく、跡部の声が再生された。ジュニア合宿での班を伝えた時に、何やら愉しげな笑みを浮かべながら私にそう言ったのだ。あの時は、私と班が違うことを気にする様子も無い跡部に少々苛立ちを覚えていたため、気には留めていなかったが。
 そうか。そうだな。それも悪くないだろう。たまにはここらへんで、跡部の体のよさを再確認することも必要だ。慣れには刺激をということだ。
「大丈夫ですよ。さっき、跡部から許可は貰ってきましたから」
 私の心を読んだかのようなタイミングで言うと、彼は私の腕を掴み、強引に歩き始めた。無論、その行く先にあるのは、監督用の部屋である。
「……明日の練習に障っても知らんぞ」
 その嬉しそうな横顔に向かって、厳しい声で言う。しかし彼は笑みを浮かべたままで私に返してみせた。
「大丈夫ですよ、僕は」

 今思えば、あの発言が全てを物語っていたのだ。それに気づかず、体を重ねてしまった私は、浅はかとしか言いようが無い。
 ベッドに重なると、彼は急に眼の色を変えた。陽の光の元で見ていた彼は争い事には無縁に思えた。だから跡部と仲が良いと言うことも、少々意外だと感じていたのだが。
「っ」
 思い返して、私は体が震えた。その後で襲ってきた熱に、嫌悪する。しかし、体は確実にあの時の快楽を求めていた。見なくても、そこがどのような状態になっているかは明白。体の中心が、異常なほどに熱いのだ。

「榊さん程の素敵な大人がどんな風に喘ぎ悶えるのか、前から興味あったんですよ」
 脱ぎ捨てられていた私のシャツで私の両手を縛り上げると、彼は笑みを浮かべながらそう言った。しかし私は、その言葉に恐怖するよりも、この現状が信じられずにいた。
 幾ら現役を退いたとはいえ、これでも氷帝テニス部を仕切る監督として日々のトレーニングは欠かしていない。そんな私が、こんな小柄な細身の男にいとも容易く拘束されてしまうとは。
「跡部も、不思議だって言ってましたよ。どう考えても榊さんの方が力がある筈なのにって」
「不二、それは…」
「あれ?……駄目だな、跡部は。何も話してないじゃない。そうです。僕と跡部はそう言う関係なんですよ。まぁ、そこに愛情は無いですけどね。貴方と同じです」
 私が跡部にそうするように、彼もねっとりとした舌で私の体の上を彷徨い始めた。思いがけず声が漏れそうになり、私は奥歯を噛み締める事でそれを回避した。
「そんなに我慢しないでくださいよ。僕は貴方の声が聞きたいんですから。それとも、強引なのがお好みですか?」
「っあ」
 胸を噛まれ、私は耐え切れず声を上げた。反射的に閉じてしまった瞼を開けると、彼が満足そうな笑みを浮かべて私を見ていた。
「そうですか。強引なのがいいんですね。では、僕も遠慮なく…」
「やめなさ――」

「はっ、ふ…」
 気がつくと私は、足を広げ、熱を持ち始めていたそれを擦っていた。自己嫌悪に陥るが、今更それを止める術は無かった。
 あの後、本当に彼は強引に事を進めた。私の声を絞り出すように、何度も深く突き上げてきた。声を我慢すればする程に。しかし、諦めて私が声を解放すると、彼の手つきは驚くほど優しいものとなった。そして、その緩急に、私は見事に引きずり込まれてしまった。
「くっ」
 小さく震え、手の中に吐精する。溜息を吐くと、私はその手を拭わずに椅子にもたれた。椅子を回転させ、あの夜と同じ月を見上げる。
 忘れたくとも忘れられないのではなく、忘れたくないのでもなく。どうやら私は、もう一度あの感覚を、不二周助に抱かれたいと切望しているようだった。





ジュニア合宿は色々と妄想できたね。
跡部と不二は違う班でいいんだよね?
不二榊(フジサカとでも読みましょうか)は榊跡を前提と言うか、そこの肉体関係ありで書いて行きたいです(←また書くつもり)。
榊の喘ぎはいいと思うよ、本気で。
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