「どうして僕が選抜メンバーに入ってるんですか?」
 勢いよくドアが開けられたかと思うと、彼は私の机に両手をつき、今にも噛み付きそうな勢いで言った。予想通りの行動だったが、その強い眼に、少々気圧される。だがそれを悟られては計画が台無しになってしまう。私は深く溜息を吐くと、机の上で手を組み、彼を見上げた。
「……不満か?」
 笑みすらも、浮かべてみせる。
「…………榊監督は、あの夜のことをどう思っているんですか?」
 顔を、触れるくらいまでに近づけ、彼は私に言った。私は、それに対しては何も答えず、ただ、不敵な笑みを浮かべていた。
 あの夜。私が彼に犯された、忘れたくても忘れることの出来ない。忘れるつもりも無い夜。あの日から私の心と体に絡み纏わりついてくる幻想。それは決して不快なものではなかった。寧ろ…。
 そう、私は幻想を現実にする為に、今ここにいる。
「手塚くんと、付き合っているそうだな」
 組んだ手を解き、彼から体を離すと、私は言った。何故知っている、そう言いたげな眼に、薄く笑う。
「跡部から訊いた。彼と離れていたから欲求不満なんだそうだな」
「だった、ですよ。今は手塚、傍に居ますから」
 流石、切り替えが早い。跡部という名前を口にした途端、彼は全てを悟ったようだった。私の机から離れ、ソファに座る。それを見届けると、私は机の引出しからビデオカメラを取り出した。それを持ち、彼の近くへと寄る。
「そうか。そうだったな。彼なら、一日で君の欲求不満を解消してくれるだろうな。彼はなかなか良い体をしているからな。それに、感度も良い」
「………どういう、意味ですか?」
「何。君がしたことを、私が彼にしたまでだ。見てみるか?綺麗に映っているだろう」
 ビデオの再生ボタンを押しそれを彼に渡すと、私は部屋のドアを閉めた。彼の眺める画面から、意地の悪い私の声と、そして彼を虜にした男の喘ぎが聞こえてくる。
「心配は要らない。手塚くんには親善試合にベンチコーチとして出て貰う予定だ。君たちが離れ離れになることはない。勿論、居残り合宿にも参加してもらう」
 机に寄り掛かりながら言うが、私の言葉は彼に届いていないようだった。ビデオを持つ彼の手は、力の入れすぎで小刻みに震えていた。
 その様子に笑みを浮かべ、カウントダウンを始める。
 あの夜以上の強い眼が私を射抜き、そしてその後に彼のとる行動はきっと。私が、手塚くんにした事と同じ、いや、それ以上の事。無論、そのビデオで撮影することも忘れないだろう。彼の今までの試合からすると、彼は頭に血が上れば上るほど冷静に、そして残酷になる。
「……榊さん。貴方は、手塚に何をしたんですか?」
「さっき言っただろう。君と同じ事、いいや、それよりも酷い事か。そこにしっかりと映っている事だ」
「何の為にっ」
 強い眼が、私を射抜いた。そう思った瞬間、私の体は机に押し付けられていた。腕を彼が首からかけていたタオルでしっかりと縛られる。それまでの動きは何故か手馴れていて、元々抵抗する気はなかったのだが、恐らくは抵抗していても無駄だったろうと思わせる程、素早かった。
「答えてください。一体何の為にあんな事をしたんですか?」
「………私は、仮にも君の監督だ。こんな事をしていいと思って――」
「構いませんよ。選抜に選ばれなくても。ですが、貴方は僕を選抜から外すことは出来ない」
 理由も無くは、ね。言って彼は不敵に笑うと、ビデオを片手に持ち、もう片手で私のシャツを引き裂いた。あの夜の出来事が、脳裏を掠める。そしてその先の幻想が現実となり、確実に私に絡みつき始めている。
「貴方が手塚にしたことを。いいや、それ以上の事で償って貰います。僕の手塚を傷つけた罪は重い」
「……自分はこうして彼を裏切っているのに、か?」
 自分の望みもう直ぐで叶うという現実に、私は無理をすることなく笑みを浮かべることが出来た。しかし、彼はそれが私の強がりなのだと思い込んでいるため、口元を歪めて笑うと、あの夜よりも激しく、寧ろ暴力的に私を犯した。

「あっ、は」
「声、隠さなくなったんですね。いいんですか?ビデオに撮られてっていうのに」
 ビデオを片手にクスクスと微笑いながら、それでも的確に彼は私の最奥を突いてきた。
 何処にそんな力があるのか、依然として謎なままではあるが、それを解析しようという気は起きなかった。普段ならば、疑問は全て取り除かなければ気が済まないのだが。彼はそういった気を起こさせなかった。
 彼を中に感じながら、目の端で時間を確認する。私のカウントダウンは彼に襲われたところで終わってはいなかった。更に、わざとらしい程の声を上げ、彼を感じる。外部の音が、彼に聞こえないように。
 彼の体越しに、ドアをじっと眺める。私の中のカウントがゼロになったのと同時に、ドアが開いた。上げていた声を止める。
「……ふ、じ?」
「……………手塚?どうして」
 繋がったままで振り返ると、彼の手からビデオが滑り落ちた。ガタ、と音を立てたそれは、私の隣に、私を映すようにして転がった。
「榊、監督に呼ばれ………っすまない」
 大きな音を立て、扉が閉まる。
「手塚っ」
 遅れて反応した彼は、追いかけようとしたが、私がそれを許さなかった。
「っ」
 縛られたままの腕を素早く彼の首に掛けると、引き寄せて口づけを交わした。離れないよう深く舌を絡ませ、開いていた足も彼の腰に絡ませる。
「……何を企んで」
「さぁな。だが、ただひとつ君に言えることは。彼を追いかけるには、この私を……っあ」
「絡み付く貴方を解かなければならない。という事ですね」
 全てを理解した眼で私を見つめ言うと、彼は私を強く激しく突き動かし始めた。





『20.忘却』の続きみたいなもの。ちょっと、時間設定が可笑しくなってますけど。元々アレは続きを書くようではなかったのでね。
妄想が絡み付いて仕方が無かったので、太郎は自分が絡み付いてみることにしました。
不二榊は、跡部→榊→不二塚っていうのが好きらしいです。榊はバイの方向で。
一番可哀相なのは……手塚だ。でも、手塚はそれも許しちゃうんだろうな。不二が好きだから。
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