その手で握り潰せ。まだ間に合う。


「だから白は嫌だって…」
「折角買ってきたんだから、一度くらいは袖、通してよ」
 着き返された寝間着を、もう一度彼の胸に押し付ける。そのまま笑顔で見つめていると、渋々、と言った風に彼はそれを受け取った。それでもまだ、彼を見続ける。
「もしかして、今着ろって?」
「僕に裸見られるの嫌?そんなの、今更じゃない」
「そう言う意味で言ったわけじゃ。……分かった」
 諦めにも似た溜息を吐くと、彼は白い寝間着をベッドに置き、僕に背を向けた状態で着替えはじめた。
 白いその背中を、じっと見つめる。
「……不二」
「何だい?」
「何か、話してくれないか?無言で見られるのは、やはり少し恥ずかしい」
「……いいよ」
 背中越しでも、彼の頬に赤みが刺しているのが分かる。クス、と微笑った後で、僕は目を瞑り深呼吸をひとつした。
 小学校のときね、学校の裏庭で、子猫を見つけたんだ。3匹も。可愛かったよ。拾って帰りたかったんだけどね、3匹一緒じゃ流石に飼ってはくれないだろうし、だからと言って1匹だけ連れて帰るのも可哀相な気がして。出来なかった。
 その代わり、毎日餌をあげたよ。っても、給食の残りだけどね。学校によってはさ、残しちゃいけないから無理矢理食べさせたりするんだろうけど。うちはそんなのなくてね。いつも牛乳とかパンとか余ってたんだ。だから、猫にあげたいから譲ってもらえないかって先生に話したら、少し困った顔をしながら、でも、内緒だよって言って分けてくれたんだ。
 それから、2週間くらいかな。裕太と、弟のね、裕太と一緒に毎日エサをあげに行ったんだ。土日は、家の残り物とか、お小遣いを出しあってパンを買ってあげた。
 で。まぁ、さっきも言ったけど、それは2週間後のその日で、すっぱりと終わっちゃったんだ。
 あの日は、今日みたいに雨の降っててね。だから、僕ひとりで餌をあげに行ったんだけど。そうしたら。死んでたんだ、3匹とも。殺したのは、傍で口から胸にかけての毛を血で真っ赤に染めていた成猫。どうやら、母親だったみたいなんだ。母親が、子供を殺した。
 後で知ったんだけど、どうやら猫にはそう言った性質があるらしいんだ。自分の子供を他に取られるくらいなら殺すっていうね。でも、そんなこと言われたって、僕には分からなかった。だからって何で大切なものを壊してしまうんだろうって。だったら、子供を連れて何処か遠くへ逃げれば良いのにって。
「でも、今ならそれが分かる。まぁ、彼女が本当にそう思ってたのかは知らないけどね」
「―――え?」
「死装束にしては、ちょっとみすぼらしいかもしれないけど。でも、綺麗だよ」
 やっぱり幸村には、白が良く似合う。
 呟いて、振り返った彼に口付ける。深く舌を絡めながら、僕はその体をベッドに押しつけた。
「連れ去りたいと思っても、独り占めしたいと思っても、如何にもならない事だってある。第一、ヒトの気持ちなんて変わり易いモノなんだし」
 肩を掴んでいた手を滑らせ、彼の頬を包み込む。怯えたような彼の眼を覗き込むと、狂気を含んだ蒼い眼が見えた。
「不二…?」
「もう直ぐ、退院だね。そうしたら、会えなくなるよね。会えなくなったら、きっと君は…」
 僕の事、忘れちゃうよね。
 もう一度、深く唇を重ねる。手を。頬から、彼の白く細い首へと移動させると、軽く絞めた。彼の手が、僕の手首を掴む。
「まさか。冗談、だろ?」
「冗談だって思うなら、何でそんなに怯えてるの?」
 気付かずに流れていたその涙を舌で拭ってあげると、僕の手首を掴む彼の手に力が入った。痛みが、走る程に。
「俺は、忘れたりなんかしない。確かに今より会えなくなるが、それでも、全く会わないというわけではないだろ」
「ごめんね、僕、我侭だからさ」
 例え幸村が僕だけを想っててくれても、他のヒトが、僕が、それを認めなければ意味がない。
「だから、君が離れる前に。僕の手で、君を」
 喉を掴んだ手に、ゆっくりと力を入れて行く。それとは反対に、彼の手からは力が抜けて行っているようだった。
 握り潰せ。まだ間に合う。頭の奥の方で、誰かが微笑いながら囁く。
 誰か?それは違う。僕はそれが誰なのかを知っている。ただ、呼び方を知らないだけだ。
 大切なモノ。離れてしまうくらいなら。他の奴に壊されるくらいなら。いっそ、この手で。
「不二、やめっ…」
 咳き込みながら、僕の腕に彼が爪を立てる。けど。血が出る程喰い込む前に、彼の手は僕から滑り落ちるようにして離れた。





ある漫画で、母猫は子猫を殺すというのを読んだのですが。その漫画を最近売ってしまったことに気付いて。ちょっと、その話、自信ないです(凹)
大切なモノの扱いは、難しいですよ。放し飼いも過保護もなかなかどうして。そこらへんの按配が上手く行っても、時間が経てばそのうち腐る。
だったらやっぱり新鮮なうちに、ね。(←何を!?)
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