「完全な黒は存在しない。って、知ってます?」
 部屋中に広がっていた音と、体中に伝わっていた振動が静まると、僕はぼんやりとした口調で言った。天井から、窓の外へと視線を移動させる。目の端に、自分の顔。
「突然だな」
「僕はいつも突然だって。貴方なら知っているはずですけど」
「そうだったな」
 溜息混じりの声。それと重なるようにパタンと小さな音。見ると、彼は椅子から降り、僕の前に立っていた。
「眠たそうだな。私の演奏は、そんなに退屈か」
「反対ですよ。貴方の音と、この振動が心地良すぎて」
「眠くなった、というのか」
「まぁ、そんなところです」
 微笑いながら言う僕に、彼はまた溜息を吐くと手を伸ばしてきた。けれど、ここから引き摺り降ろされるのだろうと思い、僕はその手をとることをしなかった。
「黒が、何だとか言っていたな」
「訊いてなかったんですか、人の話」
「演奏が完全に終わっていないのに、話を切り出すからだ」
 僕に伸ばしたてを下げると、彼はそのまま僕の頬に触れた。掛かっている髪を掻き揚げ、そこに唇を落とす。距離が出来る前に、僕は彼の頭を抑えると、深く唇を重ねた。
「完全な黒って、存在しないらしいですね。黒、と言うと少し語弊があるかもしれませんが」
「完全な黒色の物体は実在しない。という事で良かったか」
「流石。音楽の先生」
「音楽は関係ない」
「ああ。そうですね」
 離れようとするその手を掴み指を絡めると、僕は微笑った。繋いだ手を、軽く引く。
「でも、このピアノの色。僕には完全な黒に見えるんですよね。覗き込めば、暗い、闇の世界、闇の自分を映し出す、この色が。榊さんは、そう思いませんか」
 その問いかけには答えず、ピアノの上に乗ると、彼は僕に覆い被さるような格好で、真っ直ぐに見つめてきた。
「もし君がそれを完全な黒だと言うのなら、私を見つめる君の眼は、瑠璃色という綺麗なものではなく、漆黒ということになるが」
「何故」
「君の眼に映る私は、普段表には決して現れない闇の部分が現れている。例えば、このように」
 言葉を言い終わるか終わらないかのうちに、彼の唇が僕のそれに重なった。先程僕がしたのと同じくらい、いいや、それ以上に深く、長く、そして熱いキス。
「君の眼は、普段は隠されている私の欲望を映し出し、そしてそれだけではなく、実体化すらさせる。もう、目は醒めたか」
「ええ。今ので、完全に」
 不敵に微笑う彼に、同じような笑みを返す。そうか、と彼は呟くと、体の位置を入れ替えた。見下ろす僕の首に、腕を絡めてくる。
「いいんですか。貴方の大切なピアノ、汚れてしまいますよ」
「そうなったら、これを君専用にして、私は新しいピアノを買うまでだ」
「流石。お金持ちは言う事が違う。僕専用のピアノ、か。それも、悪くないですね」
 けど。呟くと、今度は僕からキスをした。唇を重ねたまま、手をゆっくりと動かしていく。
「っん」
 鼻から抜けるような甘い声。唇を離すと、荒い息をしている彼に微笑った。
「貴方が奏でるピアノの音色よりも、僕は自分で奏でる貴方の音色の方が、好きなんですけどね」
 焦らすような手つきで服を脱がせ、未だ若さを保っているその肌に、直に触れる。そのことに、彼は短い声を上げると、僕を見て微笑った。
「その事なら、心配は無用だ。私は既に君専用だ。好きなだけ、弾けばいい」
 彼の言葉に少し驚いたけど。それを切望するように彼が僕を誘うから。
「では、遠慮なく」
 言って微笑って見せると、僕は綺麗な音色を奏でるべく、再び指を動かし始めた。





また書いちゃった。
微妙に二人の会話は噛み合ってないです。
つぅか、グランドピアノの上に2人乗っても平気なのかどうか。疑問。駄目ですよね、きっとね。
真っ黒なピアノが真っ白になるのかぁ。そうかぁ。←馬鹿。
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