この世の総てだと。思っていた人が。突然、死んだ。
 まるで眠っているような、けれど決して生きているようには見えない、彼の遺体を前に。僕は、涙を流さなかった。
 正確には、彼や、彼を失った自分の為の涙を、流せなかった。
 隣で、慰めるように僕の手を強く握り締め、泣きながら彼の名を呼ぶ英二や、他の部員たち。クラスメート。彼の家族。これらの、彼を思っ泣いている皆の為に、僕は泣いた。
 だからきっと、僕と彼の二人きりなら、僕は泣かなかったと思う。
 あれから数日。
 彼の居ない日々は、彼が居ないという意識を持った中、過ぎて行った。
 彼が居ない。それを強く思っていたから。僕は、いつもと同じように過ごすことが出来た。
 いつもと同じように食事をし、いつもと同じように笑い、いつもと同じように眠る。
 その間、やはり僕は泣くことは出来なかった。テレビや本で泣くことはあっても、彼のことで泣くことはなかった。
 涙も哀しみも見せず。それどころか、余りにも普通に過ごすものだから。僕を蔭で冷血人間だという奴もいた。
 だけど。そのことに、僕は何も反論しなかったし、する権利はないと思った。だって実際に、僕は彼が死んだことを、彼が居ないことと同じくらいにしか考えてなかったから。
 そして。その違いに気付くまで。僕は三ヶ月近い時間を要した。
 彼が居ない。それをずっと頭に置いて暮らしてきたつもりだったのだけれど。
 それが当たり前になり過ぎて。彼が居ないという事実を、僕は、次第に意識しなくなって行った。
 そんなある日。
「ねぇ――」
 部屋の中。当たり前のように彼の名を呼び、僕は振り返った。いつも一緒に居たから。今日も当然、居るものだと思って。
 勿論、そこに彼は居るはずもなく。
 視線の先の空白に、壁に跳ね返って戻ってきた自分の声に。彼が死んだという事実を、突き付けられたような気がした。
 彼は、もう、どこにも居ない。それが信じられなくて。
 僕はもう一度、その名を呼んだ。けれど。当然、返事なんてない。
 手を伸ばしてみる。けど。どうしても温もりを捉まえられない。
 部屋に居ないならと。携帯に電話をしてみるけど。聴こえてきたのは、僕の好きだった声ではなくて。
 彼は居ない。もうどこにも居ない。どんなに頑張っても、どれだけ望んでも、もう、会えない。
「嘘、でしょう?君が死んだ、なんて。もう会えなっ…」
 言葉が、嗚咽にかわる。頬を伝う生温かい雫が、微かな音を立てて床に落ちる。
 そうして僕は。彼が死んでから初めて。彼のことを、彼を失った僕のことを思って、泣いた。
 そして、その日を境に。僕の世界は、崩壊した。





イメージ的に『彼』は手塚ですけど。別に誰でも良いです。ので、あえて名前を書きませんでした。
最後なので、ダークに相応しい感じに。でも、携帯で大半を書いたので、ちょっと変かも?
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