真夜中に鳴り響く携帯電話の音。何よりも待ち望んでいたそれに、僕の眠気は一気に吹き飛んだ。慌てて携帯をとる。
「もしもしっ、手塚!?」
「…………」
 けれど、帰ってきたのは沈黙で。僕は寝惚けているのかと思い、思わず携帯の画面を見返してしまった。と、溜息のような笑い声。
「手塚?」
「全く。大石に聞いて心配していたのだが。普段よりも元気ではないか」
 少々、呆れたといった声色が入っているものの、聞こえてきたのは紛れもなく僕の待ち望んでいた声。寝惚けていたわけでも何でもなく、これは現実。嬉しくて、思わず顔がニヤける。ああ、この場に彼が居なくて良かった。もし居たら、そのニヤけ面をどうにかしろ、と頬でもつねられたことだろう。
「ふふ。だって、手塚の声が久しぶりに聴けたんだもの。元気にだってなるよ」
「……馬鹿」
「うん」
 頷く僕に、彼は今度こそ呆れたといった溜息を吐いた。短い沈黙の向こうで、彼が息を吸い込むのが分かった。
「それで。怪我のほうは大丈夫なのか?」
「うん?」
「今日の切原との試合のことだ。目のほうはもう平気なのか?」
「うん。大丈夫だよ。試合が終わったらさ、ちょうど良く視力が戻ったんだ。見上げた校旗に君を見た気がしたよ」
 結局、僕は青学のためには戦えなかったけど。それでも、彼の言葉は少なからず僕に力を与えてくれた。これからは自分のためと、そして何より手塚のために僕は勝っていく。それでいい。
「何を馬鹿なことを言っているんだ。それより、何故眼が見えないと気づいた時に棄権しなかった?一つ間違えれば失明していたかも知れないんだぞ」
「まぁいいじゃない。結局無事だったわけだしさ。それに、今日はどうしても勝利で飾りたかったんだよ」
「……何故だ?」
「憶えてる?一年前の今日、僕たちは互いの想いを打ち明けたんだよ」
 一年前の今日、先輩達は関東大会で負け、明日から暫く部活が休みになるという日。会えなくなる前にと、僕は彼に告白をした。断られることはないという自信はあった。けれど、彼も僕と同じように以前から僕のことを好きでいたとは思ってもいなかった。それが嬉しくて。部活が休みの間、僕たちは毎日のように遊んだ。と言っても、夏休みの宿題を一緒にやったり、テニスをしたり、写真撮影をしに一緒に散歩したり。そんな程度だ。でもそれは、今までで一番有意義な夏休みとなった。
「だから、今日の勝利を君に捧げたかったんだ。多分、例え相手が真田クンであったとしても、僕は勝ったよ」
「……随分と大きく出るんだな」
「愛する手塚のためだもの。何だってするよ」
 言って、ふふ、と微笑と、その向こうから、馬鹿、と溜息混じりの声が聴こえた。
「ねぇ。早いよね、時間が過ぎるのって。あれからもう一年だよ」
「そうだな」
「そして、君が九州に旅立ってから一週間」
「……ああ、そうだな」
 時間が過ぎるのは早い。そうは言ったけど、彼が居なくなってからの時間は、とても遅く流れていたように思う。
「何か、不思議な感じ」
「何がだ?」
「だってさ。君と一緒にいた一年間は凄く早く過ぎていったのに、君の居ない一週間は凄く遅く感じるんだ。ねぇ、手塚は?」
「……言われて見れば、そうかもしれないな。忙しさは大して変わらないはずなのだが」
 思い返しているのだろう。彼の言葉の後半は消え入りそうだった。適当に相づちをうてばいいのに、何事にも真面目に取り組んでしまう彼が愛しくてたまらない。
「でも、時間が過ぎるのは遅いけど、思い出すと君の居ない一週間は、君の居た一週間よりも短いんだ。これ、不思議」
 きっと、密度の問題なのだろう。彼の居ない毎日は、それなりに楽しいし張りもあるけど。やっぱりココロに残るようなことは何もない。だけど、手塚の居る毎日は…。
「それはきっと、一緒に居る毎日の、その一秒一秒が思い出として刻まれているからだろう。そう考えれば、別に、不思議でも何でもない」
 僕の頭の中を覗いたかのような、彼の言葉。驚いて黙っていると、彼は、今のは忘れてくれ、と恥ずかしそうに呟いた。思わず、笑みが零れる。
「……笑うな。切るぞ」
「ごめんごめん。だってさ、それ、今僕が考えていたことと一緒なんだもの」
「それ?」
「手塚と一緒に居る毎日は、それ総てが思い出としてココロに刻まれてるってこと。だから、思い出そうとすると長く感じるんだって」
 同じような結論を考えていたってことは、彼も僕と居た日々を同じように大切なものだと感じていたということなのだろう。その事実が嬉しくて、僕はまた微笑ってしまった。今度は文句は聴こえてこない。その代わり、また溜息のような微笑いが聴こえてきた。
「ならば、この電話も後で思い出したら長く感じるのだろうな。今は時間の流れを早く感じるが」
「うん。きっとそうだね。……でもなんか、それって少し損した気分だよね」
「何故だ?」
「だってそうでしょう。僕は手塚と一緒に居る今が大切なのであって、その後の思い出じゃないもの。確かに、思い出も大切だけれど、それ以上に今の君のほうが大切なんだ」
 過去は短く端折られてもいいから、もっと一緒に居る時間を長く感じたい。力説する僕に、彼は溜息を吐いた。そのことに少々ムッとしてしまった僕に、彼は驚くほどの優しい声で、さらりと言ってのけた。
「だったら、長いと感じるくらいに一緒に居ればいいだろう?今は話すことしか出来ないが、な」





甘いな、手塚。そんなことを言ったら今すぐにでも不二は九州に旅立つぞ。
初めは『過』を「あやまち」と読んで話を書いていたのですが、進まず断念。
ところが「すぎる」と読んだらさらさら書ける。人間、諦めと方向転換が重要だと思いました。
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