試合を早々に終え、ベンチに戻る。タオル片手に顔を上げると、手塚が妙な顔で僕を見ていた。
「………何でもない」
 僕と眼が合うと、彼は呟くように言って顔を伏せた。その顔が心なしか赤いように思えたから。
「もしかして惚れ直した?」
「それはない」
 少しからかうつもりで言ったのに、あっさりと返された。
「ただ…」
 僕の溜息に被さるように彼が呟く。
「……何?」
「…………」
 訊いてみるけど、彼は俯いたまま、黙ってしまった。
 ただ、何?僕が、何かした?
 もっと深く追求したかったけど、早くコートを出るようにタカさんに腕を引かれた為、ひとまずそれを諦めて、僕はコートから出た。
 次の試合、ダブルス1の英二たちには悪いと思ったけど。僕は手塚の腕を乱暴に掴むと、木陰へと連れて行った。誰も見ていないのを確認し、顔を伏せたままの彼にキスをする。
「不二っ…」
 僕の行動に驚いた彼は、やっと顔を上げてくれた。ニッと微笑い、彼の腕から手を離す。
「良かった。このまま僕を見てくれないんじゃないかと思っちゃったよ。で。何?ただ、何なの?」
「それは…」
 呟いて、また俯こうとする。僕はそれを阻止するべく、彼の顔を覗き込んだ。それ以上俯くならキスしちゃうぞ、と言う意味をこめて。それが理解ったのだろう。彼は僕と鼻先が触れ合う前に、慌てて顔を上げた。眼鏡を直す。
「で。何が、ただ、なの?」
 詰め寄ると、いつもなら額を押しやられるのだけど、彼はそれをせずただ頬を赤くした。
「ん?」
「………お前には、華があるな、と思っただけだ。例え技を出していなくても。普通のプレイでもお前には華やかさに似たものがある。人を魅きつけるものが。……それが、少し羨ましい」
 羨ましい。消え入りそうな声で言ったその言葉は、僕を驚かせた。僕が手塚に憬れていても、手塚が僕に憬れるなんてことは無いと思ったから。
「嬉しいよ。君がそんな風に思っていてくれたなんて。……それと、ちょっと哀しい、かな」
「哀しい?何故?」
 訊いてくる彼に、僕は曖昧に微笑った。隣に並び、手を繋ぐ。
「君に、本当の姿を見抜かれてたからさ」
「……華やかだということか?」
「ねぇ、知ってる?『華』って言う漢字には美しいとかそう言ったの以外の意味もあるんだ。"上辺だけで真実味が無い"っていうね」
 彼を見上げて微笑う。眼が合うと、彼は眉間の皺を少し深くした。きっと、ココロの中では、また始まったか、とでも思っているのだろう。手塚はそれを僕が自分を過小評価し過ぎだというけれど、だって事実なのだからしょうがない。
「実際僕は空っぽなんだ。君みたいに明確な目標があってテニスをしているわけじゃない」
「……それは」
「でも、そうだな。僕には君の方が華やかに見えるよ。勿論、上辺だけって言う意味じゃなくてさ」
 僕についての話はこれでお仕舞い。そういう意味を込めて僕は微笑った。まだ納得してないような顔だったけれど、彼は仕方がないと言ったような溜息を吐いた。その後で、僕の言葉の意味をようやく理解したのか、顔を赤くする。
「……オレは、大石並みに地味だと思うのだが」
 眼鏡を直しながら、彼は呟いた。その言葉に、苦笑する。彼でも、そんな風に思うものなんだな、と。
「見た目と言うかさ、その精神が、だよ。跡部とか真田とか、皆が君に注目するのはその技術もそうだけど、テニスにかける情熱みたいなものが…そうだね、華やかって言うのとは違うかもね。気高いって感じかな。だから皆、君のプレイに魅き付けられるんだよ」
「……そう、なのか?」
 見上げると、彼は更に顔を赤くしていた。こういう風に言われることは殆んどないのだろう。努めて平静を保っているようだけど、その所為で余計に彼の顔が不自然に見える。
「そうだよ。君にはちゃんとした中身(ココロ)があるんだ。みんな、それに魅かれてる。だから部長としてもやっていけてるんだよ。ただ強いだけじゃ、部長になんかなれないからね」
 繋いでいる手、指を絡めて握り直す。
「多分、僕がプレイしてる君を華やかだと感じるのはその所為だと思う」
「……不二?」
 僕の声のトーンが変わったことに驚いたのだろう。前を見つめたままの僕を覗き込むようにして彼が訊いてきた。その頬に触れ、キスをする。
「憬れてるんだ、君に」
 何よりも気高く、純粋で、真っ直ぐな君に。
 眩しそうに眼を細めて見つめる僕に、彼はこれ以上に無いくらい顔を赤くすると、馬鹿、と呟いてキスをした。





まあ、不二が余裕のままで終わる話もないとね。(余裕か!?)
眩しいよね、手塚って。その精神が。
眩しいよね、不二って。その姿が。
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