「ねぇ、手塚。満月の夜には野性の血が騒ぐって、本当かな?」
ノートを閉じ、立ち上がる。机の上にそれを置くと、僕は彼の隣に座り直した。
「さぁな」
彼もほぼ同時に勉強が終わったらしく、参考書やらノートやらを鞄に仕舞っていた。その手を取り、指を絡める。
「少しは考えてみてよ。満月の夜の僕って、どんな感じ?やっぱりいつもと違う?」
僕の問いかけに、彼は考えるように上を向いた。暫くして、彼が顔を下ろすと、その頬は真っ赤に染まっていた。
「何を考えさせるんだっ。馬鹿。第一、月の満ち欠けなんていちいち気にしているわけないだろ」
相当色々思い出してくれていたらしい。言い終わる頃には、彼の顔は耳まで真っ赤になっていた。それが可笑しくて微笑っていると、彼は僕から顔を背けて、帰る、と呟いた。そのまま立ち上がろうとする。けど。手は繋いだままだから。
その手を強く引くと、僕は彼を組み敷いた。
「……何だ?」
「『何だ』って…こういう体勢になったら、何をするかくらいは経験上、理解るでしょ?」
彼から眼鏡を奪い、口付ける。唇を離すと、彼にちゃんと見えるように鼻先が触れ合うくらいの距離で僕は微笑った。
「理解るから、訊いているんだ。今日は泊まらないぞ。明日も学校だからな」
「だったら、朝、早めに出れば良いじゃない。僕も一緒に君のうちに行くからさ。宿題はさっきのうちに終わらせたんだし。だから。ね、実験」
微笑って、もう一度キスをする。深く口付けようと思ったけど、拒む彼の手が僕の胸を押し退けてきたから、それが出来なかった。
「何の実験だ、何の」
「だから、満月の夜には野性の血が騒ぐのかって実験。今日は満月なんだ。いつもの僕とどう違うか、肌で感じて教えてよ。僕も、いつもの手塚とどう違うのか、ちゃんと肌で感じるからさ」
彼の手に、体重を掛けながら言う。少しでもその気になって手を緩めたら、すぐに抱き締められるように。
「生憎、オレには野性の血が流れていないんでな」
だけど、彼は手を緩めるどころか、あっさりとそう言ってのけると、思い切り僕を押し退けた。立ち上がり、帰る、とまた呟く。
「待ってよ」
ドアを開けようとする彼に、僕は急いで起き上がると、ドアを押してそれを止めた。不機嫌そうに振り返る彼に、深く唇を重ねる。
「だったらさ、僕のだけでも確かめて。きっと僕には野性の血が流れてるはずだから」
いいでしょ?と甘い声で、耳に息を吹きかけるようにして囁く。と、彼の身体が僅かに反応したような気がした。少し身体を離し、彼を見つめる。僕と眼が合ったことが理解ると、彼は赤い顔で露骨に顔を背けた。それとは逆に、僕の腕を強く掴んでくる。
これって……?
「手塚」
極力優しい声で名前を呼ぶ。暫くそのままでいると、彼は意を決したかのように僕を向いた。眼が合うよりも先に、唇を重ねられる。
「……っ手塚?」
「……………恐らく、お前の予想は当たっている。そしてどうやら、オレにも野性の血が流れているらしい」
潤んだ眼でそう言うと、手塚は僕を強く抱き締めた。
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