「何故いつも白黒写真が一枚だけあるんだ?」
 僕のアルバムをパラパラと見ていた彼は、顔を上げること無く訊いてきた。LPのボリュームを下げ、後ろから圧し掛かるようにして彼に抱きつく。
「ああ、それね」
 どの風景にも、一枚だけモノクロの写真がある。スナップ写真なんかはどれもカラーなんだけど。ちゃんと写真を取りに行く時は、愛用のカメラ以外にもうひとつ、モノクロ写真用のカメラを持って行くようにしている。とはいえ、そっちは観賞用ではないから、適当に取ったものが多いのだけれど。
「記録用なんだ」
「記録用?」
「うーん。まぁ、記録用っていうかなんていうか…」
 アルバムの中から気に入っている白黒写真を取り出すと、僕は彼から離れ、ベッドに仰向けになった。白黒の桜。眼を瞑ると、そこには綺麗な薄紅が色付く。
「ひとりで記憶の世界に入るな」
 その声と共に、僕の手から写真の感触が無くなる。眼を開けると、瞑る前よりも少しだ眉間の皺が深くなった彼がいた。ごめん、と呟きキスをする。
「全く…」
 困った奴だ、といいたげな顔。普段より幾分か素直な彼に、僕は苦笑した。彼が僕の隣に寝転がり、写真を翳す。
「記録でなければ、何なんだ?」
「うん?」
「その写真」
「んー」
 彼の手から写真を受け取ると、僕は体を起こした。クローゼットの奥から、僕の幼い頃の写真を取り出す。
「何だ?」
 ベッドに座った僕の膝に乗せたアルバムを、寝転がったまま覗き込んでくる。
「可愛いでしょう」
 これ、僕なんだ。指差して見せると、彼は僕と写真を見比べた。余り変わらないんだな、と呟く。
「何?可愛さが?」
「……背の低さだ、馬鹿」
 写真の顔を真似てニッと微笑って見せる僕に言うと、彼は赤くなった顔を布団に埋めた。顔のかわりに赤い耳が良く見えるように、彼の髪を耳にかけてやる。
「やめろっ」
「じゃあ、顔上げてよ」
 仕方なしといった感じでのろのろと起き上がると、彼は僕の肩にもたれるようにして隣に座った。はぁ、と大きく溜息を吐く。
「で。その写真がどうかしたのか?」
「んー」
 呟きながら、僕はアルバムの一番最初の頁を開いた。これが、僕が所有している、一番古い写真だ。
「色、褪せてるでしょう」
「……ああ」
「この頃のことは殆んど記憶に無いから別にいいんだけどさ。それでもやっぱり、褪せた色を見ると、思い出も褪せちゃったみたいで嫌なんだ」
 その点、初めからモノクロなら、褪せた過去を見なくて済むでしょう?
 同意を求める僕に、彼は頷きながらも余り納得のいってないような顔をしていた。それに構わず、言葉を進める。
「思い出は褪せたものさえ見なければ、きっと色褪せない。寧ろ、美化されていく方だと思うよ」
 だから尚更、褪せたものを見ると淋しくなるんだ。きっと、何年かして、今僕が撮っている写真が色褪せ始めたら、僕はそれらを捨てるだろう。手元に、モノクロの写真だけを残して。
「これはね、思い出を呼び起こす切欠の為の写真なの。だから色は必要無いんだ。色はここの中にちゃんと記録されてるからね」
 トントンと米神あたりを人差し指で叩きながら言った。彼の手が、僕のそれを取った。指を絡めてくる。
「美化されて、だろう?」
「そうだよ。美化されて。ま、どうせ過去なんだし、どう頑張ったって戻れないんだから、自分の良いように脚色しちゃえば良いんだよ。大切なのは、今なんだから」
 微笑いながら言う僕に、彼は、勝手な奴だな、と溜息を吐いた。それで良いんだよ、と呟く。
「……そうだ。手塚のモノクロ写真も取っていい?そうすれば、君とのことを思い出したとき、きっと今よりももっと綺麗な君が僕の頭の中に蘇ってくるだろうから」
 言って、僕はカメラを取るために立ち上がった。途端、彼に手を引かれ、僕はまたベッドに半ば倒れるようにして引き戻されてしまった。
「手塚?」
「大切なのが今なら、別に思い出す必要もないだろう。それともお前は、今オレが傍に居るのに、過去のオレに思いを馳せるつもりなのか?」
「……でも」
 この先、離れ離れになったら。そう言おうとして、僕は言葉を詰まらせた。彼の真っ直ぐな眼が、そこから先を留まらせていた。見つめ返すと、彼は僕の肩をしっかりと掴み、微笑った。
「安心しろ。お前が思い出に浸らなくて済むように、ずっと傍に居てやる」
 彼の言葉に不覚にも顔が赤くなってしまった僕は、顔を隠す意味もこめて、頷くかわりに彼にキスをした。





『ヒトリ不二塚まつり』というより『積極的手塚まつり』みたいな感じですね。
まぁ、アタシの書く不二塚なんてこんなもんさ。(開き直り)
手塚の言う「ずっと」だけは信じられそうな気がしてしまう不二クンでした。
どうでもいい過去でも、どうでも良いなら尚更、美化させたい感じ。
だったらデジカメにすれば良いじゃん、なんてことは言わないで下さい。
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