電車とバスを乗り継いで、海に出る。夕方頃に家を出たから、ここに着いたときには既に辺りは真っ暗になっていた。
 でも、僕にはそれがちょうど良い。
 夜の海に立ち、何も見えない闇の底を眺める。聴こえてくる波の音に、身体が引き摺られそうになる。この瞬間が、何よりも好きだ。このまま身を任せ、闇に消えて行くのも悪くないとさえ思ってしまう。
 だけど、そんなことは出来ないから。僕はただ、このガードレールに寄り掛かって、闇を見つめることしかできない。
 どれくらい、そうしていたか判らない。後ろを通る車の音が殆んどしなくなった頃、コートのポケットにしまってあった携帯電話が鳴り響いた。それまでにも何度か鳴ってはいたけれど、この道を走ってくる車の音やライトで殆んど気にならなかったため、そのまま鳴り止むまで放っておいていた。けど、こう深としていると、やっぱりちょっと気になる。仕方ない。白い溜息を吐くと、僕はかじかんで殆んど動かなくなってしまった手で電源を切った。
「やっと見つけた」
 背後からの声と共に、温かいものが僕の頬に当てられた。驚いて振り返る。
「……手塚」
「電話くらい出ろ」
 そこには、缶コーヒーを手にした手塚が立っていた。

「……何で、手塚がこんな所に?」
 かじかんだ手を温めるようにして、渡されたコーヒーを両手で包む。と、彼がプルタブを開けてくれた。ありがと。呟いて、それを一口すする。
「お前の携帯が光ったのでな。それで分かった」
「いや、そうじゃなくて」
「ああ。お前の家に忘れものを届けに行ったときに、由美子さんから聞いたんだ。お前の帰りが遅いし電話しても出ないものだから、由美子さんはお前がオレの家に泊まるものだと思っていたらしい」
 言うと、彼はコーヒーに口をつけた。溜息を吐き、僕を見つめる。
「で。姉さんはなんて言ってたの?」
「最近、お前が元気ではなかったようだから、オレの所ではないのならここに来ているかもしれない、と」
 言い終えて、また、コーヒーをすする。
「それに、以前お前はオレをここへ連れて来てくれたことがあるからな。お蔭で、迷わずに来れた。……ここで、何をしていたんだ?」
「人魚姫みたいに泡になって消えちゃおっかなって思ってね」
 呟く僕に、彼が眉間の皺を深くしたのが判った。星の光くらいしか見えないほど辺りは暗いのに、不思議だな、彼の表情は何故か良く判る。
「っ」
「何てね、冗談」
 彼が声を荒げる前に。僕はクスクスと微笑いながら言った。僕の名前を呼ぼうと吸い込んだ息が、溜息となって彼の口から吐き出される。
「僕は人魚姫と同じ末路は辿らないよ。彼女とは違う。だって、王子様を手に入れることが出来たからね」
 彼の手を取り、微笑ってみせる。でも多分、鳥目の彼には僕の笑顔はちゃんと見えていないだろう。それなのに、少し照れたような素振りをするのは、彼も僕と同じように僕の表情が判っているということなのだろうか。それとも、ただ単に、僕の言葉に照れているだけ?
「……ニヤつくな、気持ち悪い」
 飲み干した缶で僕の頭を小突くと、彼はまだ指の動かない僕に代わって、その指を絡めてきた。温かい手。いつもとは反対の温度差。
 見上げる僕に、彼は咳払いをすると顔を背けた。
「僕の顔、見えるの?」
「はっきりとは見えないが。今お前がどんな顔をしているかくらいは判る。余りオレを見くびるな」
「……そうだね。なんたって、君は僕の王子様だもんね。ごめん」
「王子様を喰う人魚姫がどこにいるというんだ、馬鹿」
 僕に背を向ける。かと思うと、強引に僕の手を引っ張った。何するの、と見上げてみるけど、彼はそれに構わず歩き始めた。
「手塚?」
「帰るぞ。いい加減、風邪を引く」
 遅れて歩く僕に振り返らずに言うと、彼は繋いだ手を自分のコートのポケットにしまった。温めるかのように、更に強く握ってくる。本当はまだあの海を眺めていたかったのだけど。こうなると彼を動かすのは用意ではない。方法が無いというわけではないのだけれど…。
 僕は溜息を吐くと、急ぎ足で彼の隣に並んだ。
「……それで。結局は何をしていたんだ?」
 別に大して知りたそうでもない口ぶりで言う。恐らく、最初に質問した時に僕がはぐらかした事で、聞いてはいけない事だと思ったのだろう。言いたくなければ言わなくて良い。けれど、誰かに言いたいのならオレが聞いてやる。そんな感じだ。その優しさが嬉しくて、僕はその肩に頬を寄せた。
「何となくだよ。本当に、何となく…」
「……そうか」
「うん」
 本当に、何となく、なんだ。何となくここに来れば、手塚が迎えに来てくれるような気がして。いつも迎えに行ったり手を引いたりするのは僕の役目だから。もしかしたら手塚が嫌々とか仕方なくとかで付き合ってくれているだけなんじゃないかって、時々不安になるときがある。今日みたいに。でも。
「違ったんだね」
「……何だ?」
「人魚姫は、最後まで想いは通じ合わなかったけど」
 きっと、王子様はその想いに気づいていただろうけど。
「僕はちゃんとこうして君と想いが通じ合ってるんだってこと。やっぱり僕は、人魚姫とは違うんだ」
 安堵と共に、クスクスと微笑いが零れる。彼の肩に寄り掛かりながらいつまでも微笑っていると、僕の隣から溜息が聞こえて来た。
「当たり前だ。大人しく身を引いた人魚姫と、我慢できずに王子様を喰った人魚姫が同じであってたまるか」
 僕の頭をまた空缶でコツンと小突くと、彼は微笑った。





不二塚ですよ〜。不二が人魚姫で手塚が王子様でも不二塚ですよ〜。
塚不二でも塚不二塚・不二塚不二なんていうワケ分からんもんでもないですよ〜。
これは不二塚です。(断言)
つぅか、柴田淳の『夜の海に立ち...』から人魚姫な話に…。
やっぱり、切ないのは身体が拒否反応をしめしているのでしょうか???
あ。ってかこの二人、どうやって帰るんだ?(由美子さんが車で迎えに来ます。公認カップル)
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