朝、僕は手塚よりもほんの少しだけ早く起きる。目覚ましをかけているわけでもないのだけれど。彼が僕よりも早く起きたことは一度も無い。ただ、その事実を彼は知らない。
 目覚めに映るのは見慣れた真っ白な天井で。腕には重みを感じるものの、温もりが感じられないから。僕はいつも慌ててその重みを見つめる。そして、安心する。
 僕の腕の中に在る安らかな寝顔は、朝陽に照らされていて、蛍光灯の下で見たそれよりも遥かに綺麗だ。その頭を動かさないように体の向きを変え、頬にキスをする。それだけで、自然と笑みが零れるから不思議だ。倖せな気持ちになる。
「手塚」
 優しい声で、呼びかける。すると彼は、眉間の皺をほんの少し緩め、僕の腕の中に入り込んでくる。触れる場所が変わったことで、彼の低い体温を感じる。目覚めに僕が彼の温もりを感じることが出来ないのは、一晩中触れていたことでその部分だけ互いの体温が同じになってしまっているからなのだろう。まるで、融け合って一つになったみたいに。不思議なことに、彼と体を重ねている時はそんな風に感じない。寧ろ、互いの体温の違いに壁すら感じてしまう。なのに…。
 夢、だったのかもしれない。昨夜の出来事は。僕たちはただ、同じベッドで寄り添って眠っていただけなのかもしれない。なんて。そんな風に思ってしまうことがある。あまりにも、夜と朝の感情が違いすぎるから。
 もしかしたら、僕はそれが夢ではないと確かめるに、彼よりも少しだけ早く起きているのかもしれない。
 でも実際、そこらへんのことは、自分のことなのによく理解らない。でも、理解ってしまったら終わりのような気がするから、このままでいいのかも知れないな、なんても思う。
 ふと時計を見ると、僕が目覚めてからもう五分も経っていた。あと五分もしたら、彼が眼を覚ましてしまう。
 僕は急いで仰向けになると、少しだけ彼に寄り添い、眼を瞑った。彼の寝息に耳をそばだてる。そうしていると、だんだんと眠気が戻ってきて。丁度彼が起きる頃には、僕は睡眠の入り口に立つことになる。
「不二。起きろ」
 だから、彼に起こされた時、僕は大して演じるという事をしなくても、寝起きの顔になれる。
「手塚…おはよ」
 僕を覗き込んでくる彼と眼を合わせ、微笑う。すると、彼は顔を真っ赤にして眼をそらす。そして、もごもごと聞こえるか聞こえないかの挨拶をする。その後で、まだ見つめている僕に気付くと、照れ笑いを浮かべながら、キスをしてくれる。それが嬉しいから。僕はいつも、彼よりも先に起きながらも寝たフリをして彼が起きるのを待ってしまう。
「どうした?」
「ううん。僕は本当に手塚が好きなんだな、って思ってさ。ねぇ、手塚は?僕のこと好き?」
「何だ、急に」
「いいじゃない。教えてよ」
「……好き、だが」
「良かった」
 呟いて、彼にキスをする。額を重ねて微笑うと、彼はワケが理解らないと言ったような顔をした後で、微笑ってくれた。
 知らなくていい。その笑顔を見て、思う。僕が手塚よりも先に起き、そして無駄な不安を抱いている事実なんて。そんなのは、知らなくてもいいことだ。だって、そんな事実を知ったところで、どうせ僕は彼よりも先に起き、寝たフリをしてしまうのだろうから。それに、彼が目覚めた今は、そんな不安なんてどこにもないのだから。





続き、というワケではないですけど。『夜』が手塚の語りが中心だったので、こっちは不二の語りが中心に。
手塚の淫れっぷりは、普段からは想像できませんからね。夢だと思っても仕方がないのかな、と(笑)
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