真夜中。独りきりの部屋に鳴り響いたベルで目を醒ました。手探りでベッドサイドにある眼鏡を見つけると、眠い目を擦りながら受話器をとった。
「...Hello?」
欠伸混じりの挨拶に、電話の相手は笑い声をあげる。
「手塚…元気?」
久しぶりに聞く、変わらない声。少しだけ、胸が熱くなる。
「不二、か?」
「うん。久しぶりだね。どれくらいぶりだろう?一ヶ月くらいぶり、かな」
「…39日ぶりだ。」
憮然として答えるオレに、奴はまた笑った。
「何がおかしい。」
「そんなに細かく言うことないのに。もしかして、寂しかったの?」
もちろん、寂しかった。会いたい。触れたい。でも、そう言うことが何故かいけないような気がして。オレは、別に、とだけ返した。
それから30分くらい、奴と他愛のない話をした。久しぶりの国際電話なのにテニスの話しかできない自分が恨めしかった。
「…じゃあ、そろそろ切らなきゃ。ゴメンね、こんな夜中に」
「別に。そっちこそ、時間は平気なのか?」
「うん。もう夏休みだからね」
「そうか」
「…ねぇ、手塚。」
「ん?」
「本当は寂しかったんでしょ?」
「………。」
「ホントのこと言って」
「…寂しかった」
「良かった。僕だけが寂しい思いしてたらヤだったからね」
「……なにを、いっているんだ?」
「ねぇ、僕に会いたい?」
「…あ、ああ。」
「じゃあ、今から行くから」
「…お、おい」
「待っててね」
「不二っ…」
電話は一方的に切られてしまった。なにが起きたのかわからずに、オレは暫く受話器を見ていた。
ふと、頬を伝う生温かいものに気づく。後悔ならいつもしている。こんな寂しさを味わうならきちんと本音を伝えれば、と。
でも。奴との繋がりはもう切れている。
オレは涙を拭うと、さっき奴が言った言葉を思い出した。『今から行くから』。一体どういう意味なんだろう?
………はぁ。何をやっているんだか。考えたってしょうがない。奴はいつも一方的で意味不明なのだから。
オレはまだ受話器を持ったままだったことに気づき、苦笑した。
「寝るか」
誰に言うでもなく呟くと、受話器をおいた。
それとドアのチャイムが部屋に響いたのは、ほぼ同時だった。
「…で、結局は何しに来たんだ?」
ベッドの中。朝日を浴びながら彼が聞いた。
「だから言ったでしょう。君に会いに来たんだって」
言って微笑ってみせると、彼はそっぽを向いてしまった。呆れてるんだか照れてるんだか。
どちらにしてもつれないこの態度。
昨日…厳密に言うと今日の未明に僕に泣きながら抱きついて来た人物と同一だとは思えない。彼は僕のことをよく多重人格だって言うけど、彼だって…いや、彼の方が多重人格なんじゃないかな。
僕は彼の背中に小さなため息を吐くと、腕をのばし、後ろから抱きしめるような体制を取った。
「ねぇ、手塚。今日はお休みなんでしょ?どっかいかない?」
耳元で囁くようにして言ってやると、彼は一瞬だけ、身を震わせた。
「君のオフの日くらい調べはついてるよ」
驚いて振り返る彼に僕は得意気に言って見せた。が。
「…ストーカーか、お前は」
あっさりと、返されてしまった。
…ストーカーって酷くないか?まあ、いいか。彼の悪態はいつものことだし、感情を出すことが苦手だって、知ってるから。
僕は抱きしめるその腕に力を入れると、また、耳元で囁く。
「国光。デートしようよ」
「………」
反応なし、か。
「それとも、僕と一緒になんか居たくない?」
少し、意地悪な質問。
「……じゃあ、僕は帰ろうかな」
わざとらしく落胆してみせると、僕は上半身だけ起こす。と。
「………だ。」
手塚が何かを言ったような気がして、僕はその顔をのぞき込んだ。
突然、顔を掴まれる。
「……!?」
一瞬だけ、唇が触れ合い、離れる。驚いて見おろす僕に手塚は少し照れくさそうにいった。
「今日だけは、ずっとこうして…」