『アンタ、潰すよ?』
擦れ違い様に、囁くその声に。僕は寒気にも似たものを感じた。
あの時も、手塚に対して潰すと言ったときも、そうだった。
越前と試合をしたときに感じたスリルにも似た感覚。けど、それ以上の感情。
試合中。眼が見えなくても、彼の体から発せられる闘気じみた何かはずっと感じていた。そしてそれは、潰す、という言葉以上に僕の感情を揺さぶった。
けど。試合はあっけなく終わった。あっけなく終わり、僕は一つの答えに辿り着いた。
『僕は、君が好き』
彼を呼び出し、そう、告げた。それは冗談でも何でもなく、僕の本心だった。
なのに。
『はっ。何バカなこと言ってんスか。オレは男っスよ。それともあれっスか?アンタ、元々バカ?まぁ、バカと天才は紙一重っていいますしね』
なのに、彼は笑った。潰すよ、と言ったときと同じ、口元を歪めて。僕を笑った。
もう何を言っても無駄なんだと思った。何度言葉を重ねても、彼は僕の言葉を信じてくれない。まともに受け取ってはくれない。
だったら。僕が彼から受けた感覚を、今度は僕が彼に与えればいい。そうすればきっと、彼も僕の気持ちを理解ってくれる。僕と同じ気持ちになってくれるはずだ、と。そう思った。
『試合を、しないかい?』
だから、試合を持ちかけてみた。彼は僕に負けたことにまだ納得がいってないみたいだったから。あっさりと、承諾した。無我の境地を手に入れたからと、僕に勝てると思って。
けど。
『6−0。僕の勝ちだね』
彼の考えは、間違いだった。
当たり前だ。あの時、僕は目が見えていなかった。そして、見えなくなる前のスコアは…僕の圧倒的優位だった。
そんな僕が、彼に負けるはずがない。
無我の境地をモノにした?でも僕だって、あの時の感覚をモノにしている。目が見えなくても球の位置を確認できるほどの集中力を。
「ムキになりすぎた?無我の境地っていうのは、やたらと体力を使うらしいじゃないか。ねぇ?今の君は、こんな鎖なんてなくても、僕から逃れることは出来ない。違う?」
体力を使い果たしているはずなのに、相変わらず口元に歪んだ笑みを浮かべて僕を睨みつけている彼に、僕も口元を歪ませながら言った。はっ、と彼がいつもの笑い声を上げる。
「こんなことして、ただで済むと思ってんスか?」
彼の言葉を笑顔で交わし、その前にしゃがみこむ。汗で湿っているその髪を掴むと、少々強引なキスをしてやった。
「っ。いつか潰す。ゼッテー潰す」
「でも、これから潰されるのは、君の方だ」
潰してあげるよ。もう二度と、立ち直れないくらいに。
耳元で囁き、舌を這わせる。
彼の胸に手をあてると、試合をしてから大分経っているにも関わらず、鼓動が速かった。
もしかしたら。彼は今やっと、あの時の僕と同じ気持ちになっているのかもしれない。そう思った。
けど。今更、もう一度告白をしようなんて気にはなれなかった。円満に事を済ませる気には、なれなかった。
それよりも、この素敵な状況を楽しみたい、と。
「アンタ、狂ってる」
「……だとしたら。そうさせたのは、君だよ」
彼の服を引き裂き、いやらしい手つきで撫で上げると、僕は僕を狂わせた彼の科白を、そっと囁いた。
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