「……脆いのは。どうやらキミの方だったみたいだね」
 降ってきた声に、オレは顔を上げた。
「不二、周助……」
 逆行でも良く分かる、青い光。その眼の本当の色はもっと凍てつくものだと聴いたことがある。だがオレはそれを知らない。この人の目から一時的に光を奪って。奪って……そして、負けたからだ。
 でも、今は。その噂に聞いていた冷たさに。オレの体は凍りついたように動けなくなっていた。
 偶然にしろ、あの眼を封じることが出来てよかったと思う。こんな視線を向けられたら。オレは立ち尽くしたままの無様な試合をするところだった。
「部室裏(こんなところ)で何をしているんだい?」
「……そ、れは。こっちのセリフだと思いますけど。ここ、何処だと思ってるんですか?青学は念願の全国大会出場が決まったからって浮かれすぎじゃないですかね?」
「念願?まさか。僕たちが目指すのは全国制覇。だからまだ念願叶ったわけじゃない。これからなんだよ」
 口調も声も柔らかいのに。真っ直ぐに射抜く眼だけが何処までも鋭く冷たい。
 オレと同じ高さになるよう地面に膝をつくと、不二サンは口元を吊り上げた。
「敗北を。味わったことがないわけじゃないだろ?キミは僕に負けた程度で落ちぶれるような、脆い人間だったのかい?」
 何を、言われたのかを理解するまでに。というより、信じるまでに、オレはかなりの時間を要した。
 これは、何だ。発破でもかけにきたのか?オレに?
 何の意味があって……。
「切原」
「ちょっ、何を」
 突然。オレの名前を呼んだかと思うと、不二サンは腕を掴んで無理矢理にオレを立たせた。思いもしなかった行動によろめくオレを支えるためなのかなんなのか、壁に体を押し付けられる。
「威勢が悪いな。確か、弱い奴ほどよく吠える筈なんだけど」
「……嘲りに来たのかよ。くそっ、放せ!」
 分からなかった。この人が何をしき似たのか。オレを励ましに来たのか、今までの非礼を詫びさせに来たのか、それとも落ちぶれたオレをただ見物しに来たのか。分からないから、余計に腹が立って。どうにかして掴まれた手を振り解こうとしたけど、たった3日でも練習をさぼっちまったオレにはそれだけの力はどうやらなくなっていたようだった。
 それでも何とか恐怖を堪えてもがいていると、不二サンはまた口元を吊り上げ、そして……。
「んっ……」
 青い光が、消えたと思ったときには。オレの口の中に生温かいものが滑り込んできていた。
 よく分からない感触と感情。だけど、されてることが何なのかは分かったから。オレはそれこそ懇親の力を持って近すぎる距離にある華奢な体を突き飛ばした。
「っにしやがる!気色悪ぃな。天才ってのは感覚まで可笑しいのか?この変態野郎!」
 開かれた青い目が、ゆっくりと弧を描く。そこにはもう冷たさは無かったけれど、何故かオレは恐怖を感じた。
「ぜってー潰す。いつか潰す。オレが潰す。徹底的に潰す」
 恐怖に震える左手を右手で何とか抑える。痛みに視線をやると、不二さんの手形が赤くなって残っていた。
「それでこそ、切原だ」
 自分の口元で光るものを指で掬い、口に含む。それがオレのものだったのか不二サンのものだったのかは分からないけど、その表情は何処か満足そうでゾッとした。
 そうして再び近づこうとする不二さんに、オレはこれ以上は無駄だと分かってるのに思わず後退りをしてしまった。冷たい壁に自ら背を押し付けるオレに、口元を吊り上げて笑うと、不二サンはそれ以上は近づかず、背を向けた。
「帰るよ。キミに潰されないよう練習しないといけないしね」
 呆然としているオレに、そう言って軽く手を振るとそのまま一度も振り返ることなく視界から消えた。
「……なん、だ。アイツは」
 知らず知らずに息を止めてたらしく。その言葉ともに深く息を吐き出すと、ずるずるとそのまま地面にへたり込んでしまった。
 ――キミは、僕に負けた程度で落ちぶれるような、脆い人間だったのかい?
 途端、アイツの声が蘇ってきて。オレは強く拳を握り締めると、震えを堪えて立ち上がった。
「違う。オレは、強い」
 ぜってー潰してやる。
 呪いでもかけるよう有りっ丈の決意をこめ、浮かべた姿を睨みつけると、オレは歯を食いしばって真田副部長の元へと走った。





不二の奇行。その真意は?
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