「…不二サン」
「はいはい」
彼に袖を引っ張られ、僕は苦笑すると、手を差し伸べた。しっかりと、手を繋ぐ。
選抜合宿で階段から落ちて以来、彼は階段を歩けなくなった。と言っても、何かや誰かに掴まりながらなら、平気らしいのだけれど。
「スミマセン。何か、迷惑かけちゃって」
汗ばむほどに僕の手を強く握り締め、その腕に寄り掛かりながら、彼は俯いて言った。その姿が、何か小さい子のようで可愛くて。いいよ、と微笑いながら言うと、空いている左手で彼の頭を撫でてやった。
「それよりさ、赤也」
「何スか?」
「僕がいるときは、僕に掴まればいいけど。他のヒトといるときも、こうやって誰かに掴まってるのかな?」
「まさか」
僕の言葉に、彼は弾けたように顔を上げると、目が回るんじゃないかと思うくらい勢いよく首を左右に振った。
「こんな恥ずかしいこと頼めるのは、不二サンだけっスよ。それに、うちのメンバーは、オレがこんな状態になってるの、知りませんから」
「じゃあ、いつもは手摺り?」
「……はい。あ。もしかして、だったら自分といるときも手スリに掴まれよとか思ってません?」
「まさか。折角赤也が可愛いのに、わざわざ手放すわけないだろ」
手を解こうとするから。僕は離れないよう赤也の手を強く握り締めると、それを掲げて微笑った。けど、安堵させるつもりだったのに、赤也が不安も入り混じった顔になっていることに気付き、僕は慌てて手を下ろした。
相当怖かったのだろう。赤也は安堵の溜息を吐くと、右手でしっかりと僕の腕を掴んできた。
安心させるように、もう一度、彼の頭を撫でる。
「何か、甘えただな。階段を歩いてるときの赤也は」
「スミマセン。オレ、すっげぇカッコ悪いっスよね」
「うん。格好悪い。…でも、可愛いよ」
言っている間に、長かった階段を下り終える。どうするのか、そのまま見守っていると、彼は右手と寄せていた頭を離した。けど、左手は相変わらず僕の右手に。
「オレ、早く治します。不二サンに頼らなくても、階段を歩けるように」
「そっか。それはちょっと、淋しいなぁ。非道いかもしれないけど、こうして手を繋げるなら、僕は赤也にずっとこのままでいて欲しいって思う」
ホント、非道い奴だよね。自嘲気味に呟き、微笑う。赤也もそう思うだろ?と訊いてみると、彼はまた、凄い勢いで首を横に振った。
「オレたちの立場が逆なら、オレもたぶんそう思ってたっスから。でも、だからこそ、オレは治したいんスよ。この、階段恐怖症?を」
「だから、こそ?」
「不二サンがオレなら、きっと同じこと考えてたと思うんスけどね」
僕が、赤也だったら…?
………ああ。そうか。
「構わないよ、僕は。別に理由なんて」
「けど、不二サンだってきっとオレの立場なら構うはずっスよ。オレは、階段恐怖症(そんな)理由じゃなく、不二サンとこういうことしたいんスよ」
そう言って繋いだ手を掲げると、彼は照れくさそうに微笑った。
それから、病院を出ても、僕たちはずっと手を繋いでいた。
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