この人は本当に化け物だ、って思う。寝顔だけなら天使みたいなのに、実際は悪魔みたいに隙がない。
 いや、天使が隙だらけなんていいたいわけじゃねぇけど。
 なんつーか、その隙のなさが、化け物を連想させる。
 この人に不意打ちは効かない。好きだって言っても微笑って返されるし、甘えてみればそのまま甘やかされる。襲ってみても気がつけばいつもの配置。
 対してオレはというと、僕も好きだよなんていい返されりゃ未だに顔は真っ赤に染まるし、甘やかされれば腰砕け。いつもの配置に気が付いてどうにかしようと思っても、その快楽にされるがまま。
 情けねぇ。
 惚れた弱味とかいうけど、この人だって相当オレに惚れこんでるはずなのに。

「不二の弱点?」
「はい。センパイなら知ってると思って」
 悩みに悩んだ挙句、結局頼った柳先輩。出来ればマル秘ノートを盗み見したかったんだけど、この人も隙がないし、それに下手に見つかったらそっちの方が怖いから。ここは正直に聞いてみたんだけど。
「いいのか?他人の力なんか借りて」
 痛いところをつかれ、怯んでしまう。
 けど。そう。オレは頭なんか悩ませたってしょうがないってこの数日で気付いたから。もう、なりふり構ってはいられない。
 ……いや、何でそうまでしてあの人の隙を突きたいのか。それは自分でもよく分かんねーけど。
「行動するのはオレっすから。柳センパイはアドバイスっすよ」
「無理矢理だな」
「いいから、いいから」
 やれやれと苦笑するセンパイをはやし立てて、オレはようやくあの人の弱点を聞きだした。
 聞いてみりゃ、なんてことはない。あの化け物は酸っぱいものが苦手らしい。
 言われてみれば、あの人が辛いものや甘いものを食べてるところは見てても、酸っぱいものを食べてるのを見たことはない。つっても、菓子類で酸っぱいものなんて苦手じゃなくてもそうそう食べねぇけど。

 そんなわけで、作戦決行。
 作戦なんていうとカッコイイけど、単に、オレが前もって練り梅食っといて、その味が残るうちにキスをしようってそんな内容。実に単純。
 けど、その結果何が得られるのかは分からない。とりあえず、あの人の酸っぱい顔くらいは得られるかな。だったらそれを写メにでも撮って弱みにするか。
 弱味。何でそんなモンが必要になんだ?よく分かんねーな、オレ。

 でも、まぁ、とりあえず。と、週末の部活の休みを利用して不二サンを部屋に招待した。いつもはオレの部屋が汚いからって拒否してたから、珍しがって警戒されるかと思ったけど、珍しいからと逆にかなり乗り気になってくれた。
 案外、あの人の弱点て好奇心なのかもな、なんて思う。
「それで?何する?」
 暑いのか、座るなり上着を脱いだ不二サンに、いらん想像をして顔が赤くなる。何という言葉がカタカナに聞こえて、オレは、飲み物持ってきます、と無駄にデカい声で言うと立ち上がった。
 笑う不二サンを振り返らずに、部屋を出る。
 チクショウ。こんなに緊張してたら、疑われちまうぞ、オレ。
 気合入れろよ、と自分の頬を殴り、とりあえずコップにジュースを注ぐ。それと、忘れちゃいけない練り梅を口に入れた。
 階段を上りきるまでに、練り梅は飲み込んでおく。
「炭酸しかなかったんすけど。大丈夫っすか?」
「ああ。僕は乾の作った変な汁じゃなければ何でも平気だよ」
 まださっきの笑いを引き摺ってるのか、不二サンは笑顔でオレを迎えた。
 近くで喋ると梅のにおいがするかもしれないから、とりあえず、黙って不二さんの前にコップを置く。
「ありがと」
 何の疑いもなくコーラを飲む不二サンに、ここに目薬でも入れときゃよかったじゃん、なんて一瞬思ったけど。別にオレは不二さんを犯したいわけじゃねーし、とすぐにその邪念を振り払った。
 そう。犯したいわけじゃない。今の関係だって不満があるわけじゃない。
 でもじゃなんで、オレはこの人の隙を突きたがってるのだろう?
「赤也?」
 分からない。考え込むオレの顔を不二サンが覗き込む。その近さに気付いた時には、もう唇が重なっていた。
「っん」
 そして舌を入れてきた不二サンは、何かに気付いてオレから離れた。何かって、梅の味なんだろうけど。
「赤也。なんか、食べた?」
 思いもしなかった味なのか、不二さんは今までにないくらいに顔をしかめて、出した舌を腕で拭っていた。
 自分で立てた作戦だけど、そんな不味そうな態度をとられると、少し傷つく。なんて、バカだなぁ、オレ。
「練り梅。不二さん、駄目でしたっけ?」
 知ってるくせに、わざととぼける。そうすれば不二サンも素直に頷かないと思って。
「駄目って言うほどでもないけど。ちょっと、ビックリして」
 案の定、不二さんは強がったセリフを吐いた。この情報は柳センパイから聞いたとおりだ。勝つ気はないけど、負ける気もない。不二周助はそういう男だ、と。
「駄目じゃないなら、平気っすよね?」
 口直しをする気なのか、コップに伸ばした不二さんの手を掴むと、オレは今度こそ自分からキスをした。嫌がる不二サンが体を引いた隙に、押し倒す。
「隙あり。……へへ。今日こそは、この体勢で行かせてもらいますよ」
 また顔をしかめる不二サンに余裕の笑みを見せつけると、オレはシャツの隙間から見える白い鎖骨に噛み付いた。不二サンの手が、オレの頭を掴んで、更に強く自分の体に押し付ける。
「別に、いいよ。この体勢でも。……赤也が、自分で入れるってことでしょ?」
 聞こえてきた、予想もしなかった不二サンの言葉に、オレの動きが止まる。恐る恐る顔を上げて目を合わせると、不二サンは満面の笑みを見せた。
「隙、みーっけ。ってね」
 思考が固まっているオレに、不二サンはそういうと、あっさりと体の位置を入れ替えた。しまったと思ったときにはもう遅くて。オレの両手は不二サンの片手にまとめられ、残った不二サンの手はオレのシャツのボタンを早くも全部外してしまっていた。
「騎乗位もいいけど。今はまだ、僕が主導権を握っていたいな。赤也が僕を想う気持ちより、僕が赤也を想う気持ちの方が強い証拠に」
「っじさん」
 真っ直ぐに見つめられて、オレは言葉を、いや、何かをしようとする気力自体が奪われた。隙あらばまた形勢を逆転させようと気を張っていた腕からも、力が抜ける。
「ふふ。僕の勝ち。まだまだ甘いね、赤也は」
 オレの腕から手を離し、唇を重ねてくる。練り梅の味はまだ残ってるはずなのに、不二サンは構わず舌を絡めてきた。オレもそれに答えるように、不二サンの首に腕を絡める。
 甘くていい。少なくとも、酸っぱいよりは。
 徐々に消えていく練り梅の味に、ようやく思考を取り戻したオレが思ったことは、そんなくだらないことだった。




不二には隙がない!赤也は隙だらけ!
練り梅の味が分からない!(←梅嫌い)
っていうだけの話(笑)
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