「少しは俺の気持ち、分かったんじゃないんすか?」 客席へ戻るための廊下に、赤也がニヤついた表情で立っていた。 わざわざ迎えに来てくれたのだから相手をしてやりたかったけれど、疲れていたため彼の体を押しやった。その手を、容易く捕まえられる。 「こんなボロボロになって。いい気味っすね」 口調はあくまで攻撃的なものなのに。僕を捕まえている手も、僕を見つめるその目も、何処か不安げで。 「ごめんね」 思わず、そんな言葉が口をついて出る。 「な、んで。アンタが謝るんだ?しかもオレに。謝るなら、青学の奴等だろ?」 「……どうして?」 「頭、回ってないんスね。アンタが負けたことで、アイツらきっと弱気になってますよ」 「それは、大丈夫だよ」 彼の手を払い、壁にもたれる。汗が引き始めたせいで、余計に壁が冷たく感じる。 「僕が負けたくらいじゃ、みんなは揺るがないよ。残りの試合、きっと勝つ。そしてまた、君たちと当たるんだ」 頼りにはされていない。僕が負けたことは予想外ではあったかもしれないけど、これくらいじゃ彼らは揺るがない。逆に団結することも無いだろうけど。 これは罰なのかな。結局勝つことに拘れなかった自分への。負けてから、勝利の喜びを実感するなんて。 「ま、どっちがオレたちの相手になろうと、勝つのはオレ達っスけどね」 黙る僕に気を使ったのか、彼は殊更明るい声で言った。僕の隣に、同じように壁に背をつけて立つ。 「ごめんね、赤也」 彼の横顔に、また、呟く。 「だから何で謝るンすか?」 呆れたような声。僕は彼を見た。彼は僕を見ない。口元が、歪んでいる。 悔しい。 声が聞こえた。でも、これは誰の声? 「だって。君に勝った僕が、あんな無様に負けて」 悔しい? 今度は間違いなく、僕の声。 ああ。悔しいよ。 彼に勝ったことで更なる高みに昇る切欠を掴んだつもりでいた。彼に勝てたことを誇りにしてもいた。 けどそれは、無様に崩れた。それも、彼以外の人の手で。 「確かにアンタは負けた。結果のスコアは競ってたけど、内容は完敗」 完敗。そう。完敗だ。今までの技ばかりじゃなく、出来たばかりの技さえ破られた。途中、諦めもした。無様な試合。 彼はそれを見ていてどう思ったのだろう?彼と戦っていた時は決して諦めはしなかった。 自然と下がっていた視線を上げる。すると、彼は僕を見ていた。真っ直ぐに。 「けど。全然無様じゃなかったっスよ」 「――え?」 彼の口から出てきた言葉に、耳を疑う。でも、すっきりとした表情が、聞き間違いなんかじゃないって告げてる。 「我武者羅なアンタも、結構良かった。オレとやった時みたいに、あくまで冷静なアンタも良いけど」 彼の言う、良かった、がどんな意味なのか、僕にはよく理解出来なかったけれど。それでも。 「それなら、少しは報われたかな」 僕の敗北は、無駄なものじゃなかったのかもしれないと思えてくるから。 「ありがとう、赤也。僕、もう行くね」 彼に笑みを見せて、壁から体を離す。見つめた出口は、僕には少し眩しかったけど、すぐに慣れるだろう。 大丈夫。僕はまだやれる。 彼だって、敗北を乗り越えてきたんだ。彼に勝った僕が、こんな所で挫けちゃいけない。 「……不二サン」 歩き出した僕を、彼が呼び止める。振り返ると、不安げに僕を見ていた。 「こんな所で、潰れないでくださいよ。オレ、アンタを叩きのめすために強くなったんスから。オレの努力、無駄にしないでください」 必死な声。僕が潰れやすいと、そういえば彼が言っていたことを思い出す。 大丈夫、大丈夫。キミが今、僕を勇気付けてくれたから。 「うん。……でも。君と当たらなかったら、ごめんね」 笑顔と、余計な一言を付け足して彼に渡す。そんな僕に、彼は安堵したように微笑むと、僕とは反対の方向へと歩きだした。 そして僕も。彼の背中が見ている方へと足を踏み出した。 |
意地を張ってヘカトンで勝負しなければ勝てたと思うんだけどなぁ。 赤也は優しい子だよ。 |
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