「……オレに何の用っすか?」
 呼び出した試合会場の裏。俺の姿を認めると、切原は口を歪めて笑った。その表情があの時の悪夢を甦らせる。
「切原、赤也」
「何?あの時の仕返しでもするつもりですか?負け犬サン」
 喉の奥で笑いながら、俺の前に立つ。だが俺も引くつもりはない。もう直った両足で、切原と対峙する。
「俺が負け犬なら、お前も負け犬だろ」
「あん?」
「お前は不二周助に負けた。それも、完璧にな」
 そう。アレは切原の完敗だった。だからオレは切原を呼び出した。こいつが何をしでかすのか、それが怖い。まさか不二のことだから大丈夫だとは思うが。油断は出来ない。
「負け犬。負け犬、ね」
 持っていたラケットを振り上げ、肩を数回叩く。そのまま俺目掛けてラケットを振り下ろされるのではないかと気を張り詰めていたが、どうやらその心配はなかったようだ。切原のラケットは、数回跳ねたあとで奴の肩に落ち着いた。
「で?……ああ、そうか。逆恨みしたオレが不二周助に何かするんじゃないかと思ったわけだ」
「卑怯なお前のことだからな」
「はっ。生憎オレはそんな暇じゃないんでね。それに、テニス以外で相手をいたぶるのはオレの信条に反しますから」
「……腐った信条だな」
「アンタにだけは言われたくないっすけどね。ライバルの目を潰した橘サン?」
「なっ……」
「うちの参謀はデータ収集に関してはちょっとしたもんでね」
 知られていたことに動揺した俺の姿が面白いのか、切原は声には出さずニヤニヤと笑っていた。その姿に無性に腹が立ち、奥歯を噛み締める。だが、何とかそれだけで心を落ち着かせた。手を出してしまえば、俺もコイツと変わらなくなってしまう。
「それに関して言い訳はしない。だが俺は今はもうそんなことはし」
「今はしないからって、過去の罪が消えるわけじゃない。世の中、そんなに甘くはないんスよ、橘サン。このこと、不二周助が知ったらどう思うんでしょうね?オレと同種の人間だと思ったりして」
「貴様……」
「でも思われたからって困ることはないですよね。それともなんスか?もしかして橘サン、不二周助に惚れてるとか?まぁ、そうでもなけりゃこんなおせっかいはしないか。またオレに伸される危険があるってのに」
 振り上げたラケットが、今度こそ振り下ろされる。それは鼻先で止められたが、きつく目を瞑ってしまっていたことと額から汗がつたい落ちたことで俺はなんとも言えない敗北感を味わわされた。
 だが。だからこそ、俺は引けないと思った。ここで俺が怖気づいてしまえば、不二が危険だ。このままだと、中途半端な挑発になってしまう。
「切原っ」
「おっと」
 ラケットを掴もうと伸ばした手を避けられる。切原は再びラケットを肩に乗せると、また軽く弾ませ始めた。
 くるのか。思わず、身構える。
「そんなに警戒しないで下さいよ、橘サン。言ったでしょ。テニス以外で相手をいたぶるのはオレの信条に反するって。そんなにやられたいなら、テニスでも申し込んでください。いつでも受けて立ちますから」
「…………」
「もう帰っていいっすかね?どうせオレたち立海が圧勝するとはいえ、他の奴等の試合も観ないとうちの副部長が五月蝿いんすよ。……あ。そうそう」
 一歩的に言葉を連ね踵を返したかと思うと、切原は思い出したように振り返った。口元が、今までにないくらいにつりあがる。
「負け犬って言葉。アンタにあげますよ、橘サン。なんたってアンタは一生オレには勝てないんすから」
「なんだと?」
 切原の言っている意味が分からず声を上げると、奴はラケットの先で自分の進行方向を指し示した。そこに見えたのは、一つの華奢な人影。
「……不二」
「赤也。橘も。どうしたんだい?こんな所で」
 屈託のない笑顔。不二に会えたことは嬉しかったが、切原の言葉の意味と不二との距離に俺は嫌な予感を覚えた。もしかして、切原は不二を人質にとるつもりなのではないかと。
「不二。切原に近づくな!こいつはお前のことを……」
「えっ?」
 俺が言うが早いか、切原は駆け出した。止めろ、と叫ぶよりも先に切原の手が不二に伸び、そして。
「……なっ」
 俺は、自分の目を疑った。
「赤也。いいのかい?立海の奴等にバレたらまずいんだろ?」
「大丈夫っすよ。橘サンは口が固いから、絶対に口外しませんって。ねぇ?」
 不二の腕に絡みついた切原が、舌なめずりをして俺に笑った。アンタは一生オレには勝てないんすから。切原の言葉を、今更理解する。
「橘?」
「あ、ああ。そうだな」
 悪気を微塵も帯びていない不二に、俺は視線をそらすと何とかそれだけを言った。
 一体、この二人の間に何があったというんだ?確かにあの試合の時は険悪な雰囲気だったというのに。
「こういうわけっすから、ま、安心してください」
「こういうわけ?」
「こっちの話しっすよ。そんなことより、不二サン、試合は?」
「ああ。沖縄との試合は今終わった。何だ。赤也観ててくれなかったんだ」
「いや、観てたかったんすけど、呼び出しが……」
 話しながら、二人はそのまま試合会場の方へと歩き出してしまった。
 残された俺は一人、混乱と情けなさを抱えたまま、ただ立ち尽くしていた。




このお題のラストが橘視点って言うのもどうだろうねと思ったんだけどね(笑)
橘は、報われない。。。
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