「どうしてこう、アンタはっ…」
何ともやり場のない怒りを僕にぶつけると、彼は濡れたボールを取った。あーあ。そんな声が聞こえてきそうな項垂れ方。
「仕方ないよ。幾ら僕だって、天気は操れないからね」
宙を仰ぎ、全身で雨を感じる。顔にかかる髪を掻き揚げると、彼を見つめた。微笑う僕とは対照的に、彼の頬はぷっくりと膨れている。
まぁ、怒るのも無理ないかな。
その膨れっ面に吹き出しそうになるのを堪えながら、向かいのコート、彼の隣に立つ。
今日で真剣勝負だと決めて始めた試合は五度目。その五度とも、雨で流れてしまっている。別に、これくらいの雨なら試合を続けてもいいのだけれど。今はまだ大会の途中だから、風邪をひいたり怪我をしたりする虞のあることは避けたい。
それにしても。タイミング悪いな、リョーマは。
僕は別に彼とそこまで試合がしたいわけじゃないから、練習程度の誘いはするけど。その時は、雨、降らないんだよね。降るのは、いつも彼からの本気の誘いの時。
なんだけど。
「この雨男!バカっ!」
何故かいつも、僕が怒られる。しかも、アンタが本気なんて出そうとするからだ、なんて、矛盾したことを言ってくる。
「ごめんね」
でも。その膨れっ面の可愛さと、雨に濡れたいやらしさが、妙に僕の心を癒すから。僕はあっさりと自分の非を認める。
「謝るくらいなら、さっさと雨、どっかにやってくださいよ」
本当は僕を困らせたいが為の罵声。それが通じないから、彼は更に頬を膨らませると、宙を指しながら言った。
その手を掴み、自分の指を絡ませるようにしてしっかりと握る。
「ごめんね」
空いている手で彼の顔に張り付いた髪を退けると、僕はその額に唇を落とした。もう一度、ごめん、と呟く。
「……別に。アンタのせいだって本気で思ってないし」
微笑う僕に、怒りじゃない感情で頬を赤くすると、彼は繋いだ手を強く握り返してきてくれた。嬉しくて、また、微笑う。
「でもさ、こうも邪魔されると。なんか運命感じちゃうよね」
「何?」
「今はまだ、そう言う時期じゃないってことかもしれない」
「………アンタって、運命とか、そういうの。信じないんじゃなかったっけ?」
怪訝そうな顔で見上げる彼に、僕は、ふふ、と意味深に微笑った。
「或いは――」
言いかけて、宙を見上げる。
或いは、本当にこの雨は僕のせいなのかもしれない。リョーマと本気の試合はまだしたくないって、思うこともあるから。
「あるいは、何?」
繋いだ手を引っ張りながら訊く彼に、僕は目線を落とした。ああ、と呟く。
「或いは、君が雨男か。……だって、雨が降るのはいつも君が誘った時でしょ?」
「……違いますよ。絶対アンタが本気を出そうとするからだって」
「じゃあ、証明してみなよ」
「いいっスよ」
僕の言葉に彼は頷くと、ニッと微笑った。
「これから俺がアンタをいっぱい誘って雨が降らなかったら、そん時は自分が雨男だって認めてくださいよ」
少々強引な考え方。でも強引なのはいつものことだし。それは僕の望みでもあるから。
「いいよ」
言うと、僕は頷くかわりに彼の額にまたキスをした。
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