「あっちー」
 部活の休憩時間。俺はベンチにもたれるようにして座ると、買って来たファンタに口をつけた。一気に半分くらいまで飲む。
「あっちー」
 今朝からずっと言ってる。今日一日だけで、口癖になりそうだ。
 7月だって言うのに、真夏みたいな陽射し。今年は猛暑だとかなんだとか。ちなみに、去年は冷夏で部活はすこぶるやり易かったらしい。なんか、ずりぃの。
「あっちー」
「……そんなに暑いなら、冷やしてあげようか?」
 楽しそうな声と共に、逆さまに映った顔。驚いて体を起こすと、先輩は俺の前にまわって、ニッ、と微笑った。しっかりと上までファスナーを閉めているジャージのポケットから、何かを取りだ――。
「っ。何するんすか!」
 それが何かを理解した瞬間、俺の顔面には生温い水が当たった。
「ね。少しは涼しくなった?」
 器用に水鉄砲をくるくると回しながら、少し得意げな表情で先輩は言った。ムカつくから。濡れて顔に張り付いた前髪を掻き揚げ、大袈裟に溜息を吐いてやる。
「そんな温い水で涼しくなるわけないっしょ」
「じゃあ、こっちは?」
「へ?」
 ジャーン、と効果音をつけてポケットからもう1つ水鉄砲を取り出すと、同じように俺の顔面を目掛けて撃って来た。それも見事に命中して、俺の顔は顎から水が滴るくらいに濡れてしまった。いや、そんなことより。
「つ、めてぇ…」
 新たな水鉄砲から出てきた水は、さっきのよりも遥かに、というか、蛇口から出るものよりも遥かに冷たかった。
「今度は、涼しくなったでしょう。それとも、まだ足りない?」
 クスクスと微笑いながら俺に近づくと、先輩は至近距離から俺の顔面に向けて水を撃った。思いっきり眼に冷たい水が入って俯いていると、今度は背中に一発くらった。思わず、背を仰け反らせる。
「っだー、もう。止めてくださいよ。大体、なんなんスか、それ。冷たすぎ…」
 先輩の手から水鉄砲を奪うと、今度は俺が先輩目掛けて撃った。避けられるかとも思ったけど、それは意外に簡単に命中した。いや、寧ろ先輩が自ら当たりに言ったというほうが正しいかもしれない。
「うーん。冷たくて、気持ちいい」
 濡れた前髪を掻き揚げ、本当に気持ちよさそうに空を仰ぐ。本当はその背中を俺みたいに濡らしてやりたかったけど。暑いという割にはしっかりと着込んでるジャージのせいで、幾ら撃っても水は背中に届きそうになかったからやめた。かわりに、上を向いているせいでよく見える、喉元に向かって撃つ。
「何?気に入ったの?」
 冷たさに先輩が身を竦ませる所を期待してたのに。先輩は視線を俺に戻すと、楽しそうに言った。
「……別に」
 呟いて、先輩に水鉄砲を投げ返す。受け取った先輩は、また手の中で器用にそれを回すと、俺の顔面に銃口を向けた。それが予想できた行動だから。俺はわきに置いといた帽子を取ると、それで顔を隠した。けど。
「っ」
「残念」
 帽子の向こうから聞こえる、楽しげな声に。俺は帽子を下ろすと、先輩を睨んだ。
「あんまりユニフォーム、濡らさないでくれません?この後も、部活あるんスから」
「大丈夫だよ。この暑さじゃ、すぐ乾くって。背中も、もう乾いてるでしょう?」
「……そういえば」
 とか、呟くから。ほら、また。
「っから。俺はもう暑くないっスから。やめてくださいって」
「折角リョーマのために冷やしてきたんだからさ。温くなる前に全部使い切らないと、勿体無いでしょう」
 言いながら、どんどん俺のユニフォーム目掛けて撃って来る。
「…………。」
 と、中の水がなくなったのか、先輩は撃つのを止めた。ただ黙って、じ、と俺を見つめる。
「先輩?」
「大変だ」
 ポツリと、でも鬼気迫るような感じで、先輩は呟いた。水鉄砲をポケットにしまい、俺に触れられる距離まで近づく。
「な、なんスか」
「透け具合が、恐ろしく色っぽいよ。リョーマ」
「は?」
「やばい。抱き締めたい」
 って、もう抱き締めてるし。
「ねぇ、リョーマ。このまま部活サボって、いいことしない?」
 俺を抱き締めたまま、耳元で先輩が囁く。その言葉に、不覚にも俺は顔が赤くなってしまった。けど、このまま先輩にいいようにされるのも、なんかムカつくし。
「ねぇ、いいでしょ?」
 指で俺の背中をスッとなぞる。思わず声が漏れそうになるのを堪えると、俺は先輩の耳元に唇を寄せた。
「周助…」
「ん?」
「……暑い」
「…………。」





似たような話、365題で書いてますね。あはは。
「大変だ」と不二に言って貰いたいが為に書いた、みたいな感じです。
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