11 記念日

「お帰り、不二」
「ただいま」
 両手を広げて迎えた佐伯に、僕は微笑うと、その横をすり抜けて歩き出した。あれ、と間の抜けた声を上げ、慌てて僕の隣に並ぶ。
「不二。再会の抱擁は?」
「なし。っていうか、改札であれはないよ。佐伯、ちょっとバカっぽかったよ」
「………いいんだよ。どうせここは田舎で、人もいないんだから」
 クスクスと微笑う僕に、佐伯は少しだけ顔を赤くすると言って微笑った。時々触れていた佐伯の手をとり、指を絡める。
 僕から手を繋いだことで調子に乗ったのか、そうだ、といつもより弾んだ声で言った。
「折角帰ってきたんだしさ…」
 その先の言葉が出てくる前に、その手を思い切り引き、唇を塞ぐ。
「っ。不二?」
 驚いて僕を見つめた佐伯の顔が可笑しくて、思わず微笑った。なに微笑ってんだよ、と少し不満げな口調で言いながらも、佐伯も微笑う。
「折角、とか言わないでよ。別に僕が佐伯の所に帰ってくるのは特別な事じゃないんだから」
 記念日みたいな扱いはして欲しくないな。いつも通りでいいよ。まだ僕を見ている佐伯から目を逸らし前を見つめて言うと、繋いだ手を大袈裟に振って歩き出した。僕からほんの少し遅れて、佐伯も歩き出す。
「けど。俺にとっては記念日みたいなモンだよ。不二あんましこっち帰って来ないしさ」
「……そっか。でも、そうだけど。やっぱり、佐伯と会うのが特別になるのは嫌だなぁ」
 佐伯とはこれからも当たり前みたいに一緒にいたいし。宙を見上げながら、呟くようにして僕は言った。でも、佐伯の事だから、きっと何らかの反論が来るだろうと思って。そのまま待ってたけど。いつまでも沈黙が続いて。
「佐伯?」
 不思議に思って視線を移すと、佐伯は顔を真っ赤にして、ただ真っ直ぐ前を見つめていた。

不二の前では佐伯は情けない。










12 家族

 家族になりたい。突然、彼が言った。は、と訊き返すと、駄目っスか、と問われた。
「駄目だとか、そういう問題じゃないと思うんだけど」
「俺は、駄目だとかそう言う問題だと思ってるんスけど」
 袖をぐいぐいと引っ張りながら、ねだるような目で僕を見上げる。その姿が妙に子供っぽくて、僕は微笑った。不服そうに頬を膨らす彼の頭を、撫でる。
「恋人って言う関係じゃ満足できない?」
 そのまま彼の前髪を掻き揚げると、額に唇を落とした。そのことに彼は少しだけ頬を赤くしたけど、相変わらず頬は膨らしたまま。
「満足してたら、言わないっスよ、そんなこと」
「だって、家族じゃ色んなこと出来ないよ?」
 例えば、これから僕の部屋ですることとか。背を丸めて彼の耳元で囁く。今度はもう少し頬を赤くした。けど。
「……家族って、もしかして、弟ってことだと思ってません?」
 咳払いをして僕の顔を払うと、彼は僕を睨みつけて言った。折角しぼみかけた頬を、更に膨らせて。
「違うの?」
「違うっスよ」
「じゃあ、僕の子供とか?」
「…………もういいっス」
 微笑いながら言う僕に、彼は頬を膨らせていた空気を吐き出すと、足早に歩き出した。冗談だよ。慌てて、その後ろを追いかける。
「でも何で、そんな風に思ったの?」
「……………」
「リョーマ?」
「………から」
「うん?」
「絶対アンタ、俺より弟くんのほうが大事だって。そんな気がしたから」
 なんか、悔しくて。呟くようにして言うと、彼は覗き込む僕の顔をキッと睨んだ。胸座を掴まれ、引き寄せられる。
「だって俺、こんなに好きなのに。周助だって、俺のことすっごく好きなはずなのに。一番大切なのは弟くんだって」
 唇を離した彼は、僕の胸に額をくっつけるとそう言った。背中に爪を立てられて痛かったけど。僕はそれを解くことはせず、そのかわりに彼の頭をまた優しく撫でた。彼の手が、少しだけ緩む。
「『そんな気がした』だけで、僕の気持ちを決め付けないでよ。確かに、裕太は大切だけど。それは由美子姉さんや母さんにだって抱いてる感情で。当たり前のものなんだって僕は思ってる。だから、君だけ、リョーマだけが、特別なんだよ」
 血も繋がってないのに、こんなに大切で愛しいと思うのは。顔を離し見上げた彼にそう言って微笑うと、僕はまた、額に唇を落とした。
「それに、家族と恋人じゃ、較べ様がないじゃない。それともリョーマは、裕太と同じ秤で量って欲しいの?」
「……ヤダ」
「でしょう。だったら我侭言わないで、早く家に行こう?恋人じゃないと出来ないこと、色々してあげるから」
 ふふ、と微笑って彼の頭をくしゃくしゃと撫でる。その意味を理解した彼は顔を真っ赤にしながらも、嬉しそうに微笑い返した。

家族を大切に思うのは当たり前だから。ね。










13 関係

 どんな関係だ、って訊かれたら。オレは兄弟だって答えるけど。
「恋人でしょう」
 紅茶のカップを置くと、兄貴は白い息を吐きながら当たり前のようにさらりと言った。そのことが、逆にオレの頬を赤くさせた。
「……何、照れてるのさ」
「べ、っに。照れてなんかねぇよ」
 クスクス微笑いながらオレの顔を覗き込んで来やがったから。その顔を掌をべったりとくっつけて押し退けた。
「っ。何しやがる!」
 その掌に生温かいぬるりとした感触。ゾク、と背筋に寒気みたいなのが走って、オレは慌てて手を離した。舌なめずりをした兄貴が、ニヤリと微笑う。
「変態」
「まぁね」
 オレの悪態を、何故か嬉しそうに肯定すると、兄貴は離れたオレの手をしっかりと掴んだ。ついでにもうかたっぽの手でオレの顎も掴む。
「でも、裕太はそんな変態のお兄ちゃんが、この上なく好きなんでしょう?」
 言って唇を舐めると、兄貴はそのままキスをしてきた。体をソファに押し倒される。
「ねぇ。裕太はさ、お兄ちゃんの僕と、恋人の僕と。どっちが好き?」
 唇を離しオレを見下ろすと、兄貴は意地の悪い笑みを浮かべて訊いてきた。
 その先に進みそうもなかったから、少し、黙って考えてみたけど。オレは兄貴みたいな兄貴しかしらないし、それだから好きになったわけだしって。段々訳がわかんなくなってきたから。
「………兄貴こそ、どうなんだよ。弟なオレと、恋人なオレと」
 自分の答えの参考にしようと、とりあえず兄貴に訊き返した。けど。
「僕はどっちも好きだよ。どっちも、不二裕太であることにはかわりないからね」
「……なんか、ずりぃな」
「そう?あ。でも、だったら、僕たちの関係は兄弟か恋人のどっちかじゃなくて。兄弟で恋人ってことになるよね。僕としては、恋人で兄弟って言いたい感じだけど」
「……何だ、それ」
「気分の問題だよ。で、裕太は、どっちの僕が好きなの?」
「じゃあ、オレもどっちも、で」
「うっわー。ずるぅ…」

恋人で兄弟と、兄弟で恋人では、微妙に違う。










14 バレンタイン

「あ。もしかして、怒ってる?」
「何故オレが怒る必要があるんだ?」
「いや…だってほら、こんなにチョコ貰っちゃったから。君は全部断ってたのに」
「それは断れなかった分だろう。机に押し込んであったり突然押し付けられたり」
「まぁ、そうだけど。……って。なんで知ってるの?もしかして見てた?」
「…………」
「あ。見てたんだ」
「まだ何も言ってないだろう」
「じゃあ、教えて。何で知ってるの?」
「大石に」
「大石?」
「大石に頼んで、菊丸から聞き出して貰った」
「…………」
「しかたない、だろう。気になって、授業に、集中できなかったんだ」
「っていうか、随分と面倒臭い事するよね」
「なっ」
「そんな事しなくてもさ、乾に訊けば分かるのに」
「アイツに相談すると必要以上に勘繰られるから嫌だ」
「あー。それもそうか。でも、じゃあ何で自分の目で確かめなかったの?」
「……そ、それは。あれだ。お前は、オレの気配を直ぐに察知するから。隠れてみていても、バレてしまうと思って…」
「とかなんとかって、本当は自分の目で見るのが怖かったんじゃないの?」
「…………」
「そもそも、さ。何が気になってたの?別にチョコを貰ったって、僕は君が好きなことには変わりないんだから。それでいいじゃない」
「……嫌なんだ」
「だから何…」
「お前にその気がなくても、お前が誰かから物を貰ったり、笑顔を交わしたり、会話をしたり……」
「会話、って。それくらいはだって仕方がないじゃないか。まさか無言でつき返すわけにもいかないし」
「分かっている。分かっているが。それを見て、苛立つ自分も、嫌で」
「で。断りきれなかった分とはいえ、こうやってチョコを貰ってきた僕に苛立っちゃって、軽く自己嫌悪に陥ってたって?」
「…………」
「なるほどね」
「まだ何も…」
「だって、黙るってことは、当たってるってことでしょう。全く。しょうがないな」
「……っ何を」
「捨ててくるよ。これ、全部」
「別に、オレはそうまでしろとは…」
「言ってないけど。僕が嫌なんだよ。これ以上、君のそんな顔を見るのは」
「…すまない。だが、それを捨ててもきっとオレは」
「……そうだね。そんな顔、しちゃうよね。どうしよう。……あ。そうだ」
「?」
「断るのにいっぱいいっぱいで、忘れてた。はい、これ」
「………不二?」
「『不二?』じゃないよ。はい。昨日ね、姉さんに教えてもらってクッキー焼いたんだ。勿論、誰にも上げてないよ。作り方を教えてくれた姉さんにもね」
「そう、か」
「『そう、か』ってねぇ。普通、何か他の事言わない?」
「……そ、そうだな。……不二」
「うん」
「好きだ」
「………え?」
「『え?』?」
「あ、いや。普通に、物を貰ったら『ありがとう』だよな、って思っただけだったから」
「…………」
「……まぁ、いいや。僕も、『好き』だよ」

手塚はものごっつヤキモチ妬き。










15 古典

「つまんない」
 鉛筆と教科書を投げ出すと、不二はそのまま仰向けになった。今日何度目かの、つまらない、だったので、オレはそのまま放っておく事にした。どうせ気にしても、だってつまらないんだもん、と言われて終いなのは分かっている。
「つまんないなぁ」
「…………」
「手塚。つまんないぃ」
「…………」
「手塚ってばぁ。……ねぇ、少しは気にしてよぉ」
 手を伸ばし、オレの腿をつつきながら、まるで駄々っ子のように言うから。オレは溜息を吐くと、鉛筆を置き、不二の手を掴んだ。
「………気にしてやってただろう。さっきまで」
 ほら、起きろ。腕に力を入れ、体を起こしてやる。が、それまでは素直に起きていたのだが、不二は途中まで体を起こすと、向きを変え、オレの膝に頭を乗せてしまった。慌てて、正座を崩すが。不二の頭を退かすよりも、自分の足が痺れないようにする為の行動をとってしまった事に、何故かオレは軽い敗北感を覚えた。
「だってさぁ」
 暫くその妙な敗北感に浸っていると、不二がオレを見つめて言った。
「今やってるの、古典の勉強だよ?僕の得意分野だよ?幾ら手塚が頭が良いって言ってもさ、少しくらい分からないところがあって、僕に教えを乞うことがあってもいいと思わない?」
「……何だ、それは」
「それでさ、僕がちょっと先生みたいにさ、ここはこうで、とか教えてさ。手塚は素直に僕の話を聞いて頷いちゃったりしてさ。そういうの、期待してたんだけど。だって手塚、普通に古典出来ちゃうんだもん。つまんないっ」
 つまらないと言いながら、不二は後頭部をオレの腿に押し付けるようにして首を左右に振った。少しくすぐったい感じがしたが、そこで反応をしてしまうと不二の思うツボだと思い、オレは何とか我慢した。つまんないの、と動きを止めた後で不二がまた呟く。
「不二、起きろ。悪い点をとっても知らないぞ」
「大丈夫だよ。僕は古典、得意だから。勉強しなくてもね、授業だけで充分覚えられるの」
「だったら何故、古典の勉強をしようだなんて言ったんだ?」
「だからさっき言ったじゃない」
「……ま、さか。お前、それだけの為に?」
 オレの言葉に、不二は、ニッ、と微笑うと、僅かに頭を動かし、うん、と頷いた。呆れすぎて、溜息も出てこない。
「バカか、お前は」
 やっとのことで溜息と一緒に言葉を吐く。
「非道っ。いいよ。もう。そんなこと言う手塚には、訊いても何も教えてあげないから。後から泣いても知らないからね。しくしくししきしけれまるっ」
 半分怒鳴るように、何か呪文のような言葉を吐くと、不二はオレの膝の上からベッドへと移動した。枕に顔を埋めて、わざとらしく、えーん、と声を上げる。
 仕方ないな。そんな不二の姿に、今日何度目かの溜息を吐くと、オレは立ち上がった。ベッド脇に座り、不二の顔を何とか覗き込もうとする。
「不二。バカは言いすぎた。すまな…」
「………なーんてね。冗談。手塚、捉まえた」
 唇を離した不二は、さっきまでの不機嫌な顔は何処へ行ったのか、クスリと愉しそうに微笑った。掴んだオレの手を思い切り引く。
「ね、手塚。休憩しよ、休憩」
 見下ろすオレの首に腕を回すと、不二はもう一度キスをした。体の位置を入れ替え、オレを見下ろす。
「……休憩も何も、お前は疲れるようなこと、していないだろう」
「でも、手塚はしたでしょう?」
「オレはまだ疲れていない。いいから、退いてくれ。古典をやる気がないなら、他の教科をやればいいだろう」
 顔と、体まで近づいてくるから。オレはその顔と胸に手を当てると、何とか押しやろうとした。が、その手はいとも簡単に不二に捉えられてしまった。ニッ、と不二が微笑う。
「元気なんじゃ、これからちょっと疲れることしても、余裕で勉強できるよね?」
「………っおい。やめ…」

駄々をこねる不二が書きたかっただけだったり(笑)










16 英語

「…………」
「…………」
「…………」
「……ゴメンナサイ」
「ったく。謝るくらいなら初めからするな。だから嫌だったんだ。お前とするのは」
「……じゃあ、誰とだったらいいの?」
「っ。睨むな。言葉の綾だ」
「まぁ、そう言うことにしておいてあげるよ」
「怒ってるのはオレなんだぞ?」
「とかいいつつさ、結局満足してたくせに」
「それはっ。まぁ。……だから、嫌だと」
「言ってるんだね。ごめんね」
「……過ぎてしまった事は仕方がない。次からは気をつけろよ」
「手塚もね」
「あ、ああ」
「…………」
「…………」
「…………」
「……で、どうするんだ?この後」
「帰る?というか、帰れる?」
「……まだ、無理だな」
「じゃあ、そうだな。よっ…」
「不二?」
「っと。僕が音読して聞かせてあげるよ。発音なら任せて。こないだ越前に個別授業してもらったから」
「なっ…」
「なんてね。嘘だよ。そうやってすぐ信じるんだから」
「お前が言うとどれも本当に聞こえるんだ。嘘吐きの天才だな」
「そりゃ、どーも。でも、手塚が信じやすいだけだと、僕は思うけどね」
「…うるさい」
「はは。でも、発音はね、結構良いらしいよ、僕。先生に褒められたし。ま、姉さんの教材を勝手に使って勉強してるっていうのもあるんだけど」
「ほぅ」
「君の未来のダンナとしてはさ。一緒に渡米した時に英語話せないとなって思うわけよ」
「だっ……」
「妻のがいい?」
「……い、いから。さっさと読め。こうしてる間にも、貴重な時間は過ぎていってるんだ」
「はいはい。えーっと…」

『古典』の続き。調子に乗りすぎた為、珍しく、不二くん反省。










17 数学

「でも、珍しいな。不二が教室まで訊きに来るって」
 おれの前の椅子に反対に座った不二に、おれは言った。まぁね、と呟くと、不二はクスクスと微笑った。
「何、微笑ってんだよ。あんまし気分良いもんじゃないよ、そうやって微笑われるの」
「ああ。ゴメンね。でもさ、タカさん見てると、つい、ね」
「つい、で微笑われるこっちの身にもなってくれよ」
「……じゃあ、声に出さずにニヤついてた方が良い?」
「それも困るけど」
 はぁ、と溜息をつくおれに、不二はまたクスリと微笑った。思わず、顔が赤くなる。
 実を言うと、不二に微笑われるのが嫌なわけじゃなくて、不二のその笑顔に照れる自分が嫌なんだ。
「タカさん?」
「ん?ああ、ごめん。えーっと。どこやってたんだっけ?」
「まだ全然やり始めてもいないよ」
 慌てるおれに、不二は相変わらず落ち着いた口調で言うと、机を見たままで微笑った。閉じていた教科書を開き、手でしっかりと折り目をつける。
「反対からで、分かる?」
「分からなかったら得意分野とは言えないよ」
「そっか。ちょっと残念だな」
「?」
「いや、タカさんの椅子、半分借りて同じ目線から教えて貰うのもアリかなって思ってたんだけどね」
 ペンの後ろ側で顎のあたりをトントンと叩きながら、不二はおれを見つめて言った。そう言えば、最近色々あって、あまり一緒に帰るとか、喋ることもしてないなと思った。
「まぁ、いいや。こうして久しぶりに、タカさんを間近で見れただけでも」
「……不二。お前、もしかして」
「えーっと。で。ここの発展問題なんだけど」
 おれの言葉を遮るように、珍しく慌てた口調で言うと、不二は教科書に視線を落とした。その姿に、おれは思わず微笑ってしまった。
「あ。微笑ったな」
「ごめんごめん。でも、なんかさっきの不二、可愛かったからさ」
「…………」
「……えっと。怒った?」
 じっとおれを見つめて来る不二に恐る恐る訊くと、不二はクスリと微笑って、ううん、と首を横に振った。教科書に、視線を戻す。
「たださ、これでタカさんも、僕がタカさんを前にするとどうしても微笑っちゃうって気持ちが、分かったんじゃないかなって思っただけ」
「え?」
 少し顔を赤くして見つめるおれに不二は教科書に視線を向けたままで、そういうこと、と呟くと、またクスクスと微笑った。

久々不二タカ。タカさんは可愛くネ。










18 理科

「不二ってさ。苦手なモンとかないの?」
「えー。あるよ」
「何」
「手塚」
「…………」
「…………」
「苦手なの?」
「好きすぎて歯止めが利かなくなるから」
「あ、そ。って、違う。そうじゃなくって。教科とか。苦手なのないの?」
「そうだなぁ…どうなんだろ」
「だって、不二、古典得意じゃん」
「うん」
「でも、数学とか理科とかもできるじゃん」
「……まぁ、人並みにはね」
「人並みって……俺より成績良いじゃん」
「手塚に教えてもらってるからね」
「あー。手塚もそう言えばなんでも出来たっけ。……これだから頭の良い奴等は」
「あはは」
「で。話戻すけど。英語もできるじゃん」
「それっぽい発音してるだけだよ。多少喋れても、文法苦手だし」
「え?そうなの?」
「そうだよ。あんまし得意じゃない。喋るのはさ、多少の文法ミスなら、向こうが頑張って解読してくれるから」
「なーんだ。じゃあ、英語が苦手ってこと?」
「どうなんだろう。でもあんまり苦手意識はないかな。あるとしたら、教科っていうか、理科室、かなぁ」
「え?何で?」
「ほら、何か思い出さない?緑色の液体とか、赤色の液体とか、青色の液体とか…」
「あ゛」
「家庭科室じゃないだけ、まだ良かったかな、とは思うけど。どうも理科室入ると、あれを思い出してさ。臭いとか、しないはずなのに、してる気がしちゃうんだよね」
「…た、確かに。でも、不二は好きなんじゃなかったっけ?」
「最近のはさ、度を越えてるじゃない。一応、乾の開発時には一緒にいて、手塚に害のない作りかどうか味見はしてるけどさ」
「そーいえば。乾が新薬作るとき、いっつも不二が一緒にいるよな。ってかさ、乾が自分でまず味見しろって感じだよな」
「してるよ、味見」
「うっそ。え?じゃあ、乾はあれ飲んでも大丈夫ってこと?」
「ううん。倒れる」
「は?」
「倒れて、『完成だ』なんだって」
「なっ、何だよ、それ!」
「僕に怒らないでよ」
「だって、不二、一緒にいるんだろ。止めろよ。手塚も倒れちゃうよ」
「大丈夫だよ。手塚、強いから、あれ飲むようなハメにはならないし」
「そっか。………ん?でも不二、さっき、手塚に害がないかどうかって…」
「臭いだよ、臭い。飲まなくてもさ、臭いだけでもあれって来るじゃない」
「でも、味見って…」
「………ふふ」
「……手塚、可哀相」
「何で?英二だって、大石にヤキモチ妬いて欲しいからこうやって部活始まるギリギリまで僕と喋ってるんじゃないの?」
「………あー…」

不二は手塚が苦手。それが書きたかっただけ(笑)










19 髪

 頭に触れられるのはあまり好きじゃなかった。ガキの頃から賞讃されることは多く、それは悪いもんじゃなかったが、頭を撫でられる事だけは嫌だった。ガキ扱いされてるみたいで。
 なのに。
「……何?」
「別に」
 視線に気づいて訊いてきた不二に、俺は呟くと視線をそらした。肩に回されていた不二の手が動き、俺の髪を梳く。そのことに、安心と至福を感じている自分がいる。不思議だとは思うが、悪くねぇ。
 目を瞑り、不二の温もりと呼吸を感じる。擦り寄る俺に、不二はクスリと微笑うと、甘えん坊だなぁ、と呟いた。
 普段から気を張っている反動なのか、元々そういう性格なのか、それとも不二がそうさせるのか。理由は分からねぇが、そんな俺を、不二は甘えん坊だとか可愛いだとか言う。
 今ままではそんなことを言われても、何言ってやがんだバカ、としか思わなかったのだが。不二に言われると、どうしても顔が赤くなり、嬉しく思っちまう。いや、それも別に悪くはねぇんだが…。
「跡部?………なんだ。寝ちゃったんだ」
 しょうがないんだから。不二は呟くと、跡部を寝かせる為に、髪を梳いていた手を止め、離した。途端、跡部の顔が曇る。
「わかったよ」
 そんな跡部に、不二は優しく微笑うと、再び跡部の髪に触れた。

うちのベ様は恐ろしく甘えん坊。










20 瞳

 見つめられると、身動きが取れなくなる。それを分かっていて、不二はいつも、オレの眼を真っ直ぐに見つめる。
「ねぇ、手塚。僕のこと、好き?」
「分かりきったことを訊くな」
「分かってても訊きたいんだよ。何度でも」
「………」
 眼があっていなければ、恐らく呟き程度には言う事は出来ただろうが。こうやって見つめられると、やはり喉のところでつまってしまって。どうしても、言えない。
 たった二文字の言葉なのに。
「手塚ってさ、僕の眼を見て好きって言ってくれた事ないよね。それって、何かやましいことがあるから?」
 まだオレの眼を真っ直ぐに見たまま。不二はいつもと変わらない口調で言った。その眼は、少しだけ細く、キツクなっていたが。
「そういうわけでは…」
「ないのなら、何で言えないの?」
「それは」
 不二の眼を真っ直ぐに見たままで口篭もる。その瞳に映る蒼色のオレは、酷く情けなかった。見ていたくない。そう思ったとき、一瞬だけ不二の眼がそれた。その隙に、その視線から抜け出す。
「……また逃げた」
 ボソ、と呟く不二に。オレは深呼吸を何度か繰り返すと、姿勢を正した。その肩をしっかりと掴み、今度はオレから不二を見つめる。そこに映った自分の顔は相変わらず情けなかったが、強く見つめる事で、何とかいつもの顔に戻した。
「好き、だ」
「…………」
「…………」
「………そう」
 折角、苦労して言ったのに。素っ気無い返事。そのことに少々苛立ちを感じ、オレは視線を動かした。珍しく、動かせた。
 と、それまで瞳しか見ていなかったから気付かなかったのだが。眼に映った光景に、オレは思わず微笑ってしまった。
「なっ、何微笑って…」
「不二」
「……ん?」
「顔、真っ赤だぞ」

本当は、見つめられて動けなくなるのは不二の方。
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