雪・月・花 -sideH-
「自由が、欲しい」
 腕の中で眠る彼女の髪を梳きながら、独り、呟く。
 もしも、この世界を救った褒美に一つだけ願いを叶えてもらえるのならば。僕は迷わず自由を求めるだろう。この少女を愛してもいいという自由を。
 同士としてではなく、現在(いま)を生きるひとりの人間として。彼女を、愛したいと思う。心から。
 それは容易いことだと彼女は言うだろう。けれど。今の僕にはそれは出来ない。
 戦士である限り僕たちの関係は禁忌であることに変わりはないし、そして戦士である限り、恐らく。彼女は僕よりも先に逝ってしまう。彼女を守ろうとする僕すらも庇って。彼女はこの世界よりも何よりも、僕を選ぶ人だから。
 そして僕は。いつか訪れる君との未来を守るために生き残る。
「みちる……」
 返事はないと分かっていて、呼びかける。いや、返事がないと分かっているからこそ、呼びかける。
 彼女の髪に顔を埋め、その香りで体を、心を充たしてゆく。
 怖いんだ。君の居ない時間を生きることが。
 もし君だけを愛することを許されるのならば、僕は生も死も君と共に在ることが出来るのに。
 でも僕は戦士だから。自ら命を絶つことは許されない。君の後は追えない。君だけを守ってはゆけない。逃れられない使命はあの日、皮肉なことに君に心を奪われたあの瞬間から、僕を縛り付けている。
 早く。誰か。誰でもいい。お願いだ。僕を解き放ってくれ。彼女を失う恐怖から。そんな闇の中で生きてゆかなければならないという、いつか訪れる確実な未来から。
 そして自由を。彼女だけを愛してもいいという自由を。僕に与えて欲しい。
「みちる。愛してるよ」
「……私もよ、はるか」
 呟きに言葉を返され、驚いた僕は思わず体をビクつかせてしまった。
「起きて、たのか?」
「だって、そんなに強く抱きしめられたら。……どうかしたの?」
 僕の腕を優しく解き、横向きになって僕を見つめる。不安げに揺れるその目に、いいや、と首を振ると、その髪を撫ぜた。
「みちるを。もっと愛したいと想っただけさ」
「……それってどういう意味?」
「別にヤらしい意味じゃないよ。……いや、そっちの意味にとってくれても構わないけど」
 彼女の腕を捕まえ、組み敷く。予期していたのか、彼女は声を上げることも抵抗することも無く、ただ僕を見つめていた。
「だったら、好きなだけ愛して。はるかの、満足のいくまで」
 伸びてきた腕が僕の頬を包む。優しいキスをすると、彼女は強く僕を抱きしめた。
 重なり合う胸から、少し速まった鼓動が伝わってくる。
 分かってないな、君は。分かってない。何も。……分からなくて、いいことなのだけれど。
 絡まる足に、苦笑しながら首筋を舐めて応える。
 満足なら、いつだってしてるさ。ただ、充たされすぎているから、怖いんだ。昇りつめれば、後は落下していくだけだろう?
 その時はきっと、僕は独りで墜ちてゆくんだ。
「みちる」
 僕が彼女の名前を呼ぶ。
「はるか」
 彼女が僕の名前を呼ぶ。
 それだけで充分なはずなのに。僕を縛り付ける鎖は重みを増してゆくばかりで。
「みちるっ、みちる……」
 願わくば、この鎖が。使命やその先の孤独によるものではなく、彼女の僕に対する想いが作り出したものだと……。


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