EternaL
「一万年と二千年前から愛してる。八千年過ぎた頃からもっと恋しくなった。一億と二千年後も愛してる……」
 ヴァイオリンの練習を終え、リビングに戻ってくると、テレビを見ながらはるかはなにやら歌を口ずさんでいた。けれどそれは、私が入ってきたことで中断させてしまったようだった。
「おかえり、みちる」
 すぐ隣の防音設備の整った部屋に居ただけなのに。はるかは私がヴァイオリンの練習や水泳から戻ると、おかえり、と言う。何故そう言うのかと前に尋ねたら、みちるはすぐに自分の世界に行ってしまうからね、と微笑いながら、でも何処か淋しそうに答えていた。
「今の、何の歌?」
 だから私は、ただいま、とは決して言わない。確かにヴァイオリンを弾いているときや泳いでいる時は自分の世界に浸ってしまうけれど。それだけではるかと離れていたとは思いたくないから。だからあえて、ただいま、とは言わないようにしている。
「最近CMでよく流れてるんだ。サビしか知らないけどね。歌詞が僕たちに似合いかな、と少し思ってね」
 テレビを消して振り返ると、はるかは私を手招いた。呼ばれるよりも先に、当たり前のように、まるでそうすること以外の選択肢がないかのように、はるかの隣にぴったりと寄り添って座る。何のために3人がけのソファを用意したのだろうと自分でも時々疑問に思う。けれど、それは。
「あなたと合体したい、なんて科白もCMで言ってる」
 それはもしかしたら。彼女にこうされることを無意識に望んでいたのかもしれない。と、思う。
 でも。
「はるか」
 近づいてくる唇に、人差し指を軽くあてる。間近にコンサートを控えての練習だから、その時間も神経も今まで以上にに費やして。ここ暫くそんな風だから、はるかの気持ちも分からなくはないけれど。
「そうだよな。一日中暇をもてあましてる僕と違って、君は疲れてるのに」
 自分の体を起こし、私の体も起こす。見ると、そこまで項垂れなくてもいいのに、と思うほどはるかは項垂れていて。私は思わず笑った。
「何笑ってるんだよ」
「コンサートが終わるまでの辛抱よ。辛いのは、私も一緒なんだから」
 不貞腐れたようなはるかの唇に、自分のそれを押し当てる。触れるだけのはずだったのに、はるかが私の頬に手を添えたことで、その予定は大幅に狂ってしまった。
 唇から、熱が。一瞬にして体中に広がってゆく。
「もうっ、はるかったら」
「そんな。キスくらいで怒ることないだろ?それに今のはみちるがけしかけたんだぜ?」
「私が言いたいのは、あまり火照らせないでってことよ。私だって。……我慢するの、大変なんだから」
 荒くなってしまった呼吸と広がった熱をしずめるように、何度も深呼吸を繰り返す。けれどはるかは乱れた呼吸のままで、ごめんごめん、と笑った。
 別の意味で、顔が熱くなる。
「もうっ」
「みちるが照れるなんて、珍しいな」
 笑いながら、私を抱きしめる。その温もりと振動が心地よくて。私もはるかを抱き返すと、熱くなった頬を冷やすように、低体温なはるかの頬に自分の頬をくっつけた。
 ひんやりとした、温もりが伝わってくる。
「駄目だわ、私」
「何?」
「はるかのこと、好きすぎて」
「僕も。みちるのこと、好きだよ」
「一万年と二千年前から?」
「一億と二千年後も、ね」
「私と合体したい?」
「君が許してくれるなら」
 しっかりと抱きしめて、クスクスと笑いながら冗談を交わす。耳元にかかる息がくすぐったくて。肩を竦めた瞬間に、コツン、とはるかの頭に自分の頭をぶつけてしまった。それが可笑しくて、また、笑う。
「……でも、その気持ちはきっと。ウラヌスとネプチューンのものね」
 結局ソファに押し倒され、首に、鎖骨に、痕がつかない程度に唇を這わせてゆくはるかに言った。
「……何?」
「何万年も前から、何億年も先まで愛してる、なんて」
 持ち上がったはるかの首に腕を絡ませて引き寄せる。
「みちる?」
「巡るのは、戦士としての魂。天王はるかと海王みちるは、現世(いま)だけのものだもの」
「……確かに、そうかもしれない。でも」
 言葉を切り、触れるだけのキスをすると、はるかはコツンと額を重ねた。
「でも、何?」
「もし、一億二千年生きられるなら。僕はその間、ずっとみちるだけを愛すると誓えるよ」
「バカね、もうっ」
 真剣な口調に、笑いながら返す。だってそんなの。在り得ない話だって分かっているから。
 そう。私たちは今、戦士じゃない。ただの人間。寿命なんて、どう頑張ったってあと80年もない。だけど。
「はるか」
「うん?」
「愛してるわ」
 在り得ないと笑いながら、私は何故か涙が溢れそうだった。


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