SWEET SILENCE
「目、閉じろよ」
「いいだろ、別に」
 見つめる瞳に躊躇うオレに、奴は笑うと唇を重ねた。入り込んでくる舌以上に視線が絡みつく。けれどそれは決して熱を持たない。体は容易く熱を持つのに。
 知らないとでも思っているのか?お前に分かってオレには分からないとでも?ふざけるな。オレ達は所詮似たもの同士だ。ある一点を除いては……。

「可笑しいな、ちゃんと温めてやったのに」
「その前にずぶ濡れにさせたのは誰だよ?」
「さぁ?知らないな」
 楽しそうに笑いながら、オレの口から体温計を抜き取る。それを見て、奴は眉をひそめた。オレ達を濡らした雨は、一夜明けても今だ降り続いている。
「駄目だな。医者、行くか?それとも風邪薬でも……」
 立ち上がろうとする奴の手を掴み、引き寄せる。抗議の声をあげられる前に、唇を重ねた。突然の行動にも相変わらず、互いに目は開けたまま。
「熱にうかされて性欲が増したのか?」
「……別に」
「まぁいいさ。風邪を引いたときは誰だって弱気になる。今日だけは、許してやるよ」
「っらそーに」
「偉いんだよ、僕は」
 笑ってオレの腕からすり抜ける。何処へ、と問いかける前に、キッチン使わせてもらうぞ、と言って奴は部屋を後にした。
「……バカヤロ」
 そんなにオレに優しくしてどうするつもりだ?扉の向こうに問いかける。自分でもそれを望んでいたはずなのに、いざそうされると戸惑うなんて馬鹿げてるとは思うけれど。
 決して似ていないはずなのに瞳をそらさないのはどういうわけか。
 お団子は奴ほどでかくはないし、それよりも、オレとみちるさんじゃ性別自体が違う。それなのに。
 間違えても面影を重ねまいと必死で見つめ合う。それは一体誰のための行動?
 ――似ているよ、僕たちは。だからこうして体だけの関係だって保てる。
 蘇る奴の言葉。それは果たして本心だったのだろうか?それに頷いたオレは、決して本意ではなかった。いや、少なくとも、この関係が始まった時点では本意だったのだが。
 今は……。
「お前以外、いらない」
 そんな科白を吐いたら、やはりお前は笑うのだろうか?
 心も、言葉すら不要だったはずの関係に。心も、言葉も、それ以外の何もかもを欲しがり出すなんて。
 どうかしてるんだ。オレは。
「…………」
 無理矢理思考を止めて寝入ろうとするけれど、雨の音が静かな部屋に五月蝿く響いて淋しさを煽る。
「バカだな、オレ」
 自嘲気味に呟くと、オレは重い体を起こし、奴の姿を探しに言った。

「寝ていろ、と言わなかったか?」
「聞いてない。それにお前が料理なんて。滅多に見れる光景じゃ無いかっ……」
「咳き込むくらいなら喋るな」
 振り向いた奴はオレにマグカップを寄こした。これは何だと見つめ返すオレに、ミルクに蜂蜜を混ぜたものだ、と言った。なるほど、喉に優しい飲み物ってわけか。
「……甘っ」
 一口飲んだオレは、眉をひそめると思わず呟いた。それを聞いた奴が、楽しそうに笑う。
「そうか?僕にはそれくらいが丁度いいんだけどな」
「お前、自分が甘党だってこと忘れてるだろ?」
「子供にはそれくらいの甘さがベストだろ?」
「それはオレのことか?それとも、お前のことか?」
「さぁ?」
 また、笑う。はぐらかすときの奴の手だ。そんな風に笑われると、オレは余計に腹を立てるか、それとも見惚れてしまうかのどちらかしかない。大半は、後者だ。
「もうすぐ出来る。とりあえずお前はソファにでも座ってろ。余計熱が上がるぞ?」
「心配してくれるのか?」
「僕は優しいんだよ。誰に対しても、ね」
 また笑う奴に、オレはカッとなるのを抑えて、心の中で、嘘吐き、と呟いた。
 誰が優しいもんか。これほど酷なことはないだろ。
 力の入らない手で、それでも精一杯拳を握りしめると、オレは大人しくソファへと向かった。

「お前、料理できたんだな」
「こんなの料理のうちに入らないさ。誰だって出来ることだ」
 奴が作ってくれたのは風邪といえば定番の、タマゴ粥だった。じっと見つめてくるから、非常に食べにくくはあったけど、味は悪くなかった。まぁ確かに、粥の味なんて誰が作っても大差ないとは思うが。
 空になった食器を奴は何も言わずに洗うと、また向かいに座ってオレをじっと眺めた。だから、皮肉を言ってやったのに、奴には効かないらしく、あっさりと返されてしまった。
「それとも、意外で惚れ直したか?」
 逆にそんなことを言われ、オレは言葉を詰まらせた。冗談だ、と、そんなオレを見て奴が笑う。
 それは本気の言葉なのだろうか。コイツは、オレが自分に惚れることはないと本気で思っているのだろうか?体から始まる恋などないと……。
「……どうした?」
 奴の言葉に我にかえる。気が付くと、オレは知らず知らずに体を持ち上げ、奴の肩を掴んでいた。
「いや……風邪は他人に移せば治ると効いたことがある、から」
 苦し紛れの言い訳だと思った。だが、奴は笑うと、オレの隣に移動してきた。唖然としているオレに、唇を重ねてくる。
「移せるもんなら移してみろよ」
 挑発的な視線と、触れる指の動き。
 思わず想いを言葉にしたくなる衝動を抑えるために、オレは強く奴を抱きしめた。交錯する熱い体よりも、その冷たい視線で。どうにかこの想いを静めてもらおうと。
 言葉のない、吐息と水音だけの行為。部屋には雨の音が、それすらも打ち消すように鳴り響いていた。


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