wish
「はるかパパ。今日も一緒に寝ていい?」
 眠い目を擦りながら、はるかの膝に座る少女。はるかは、そんな少女の頭を優しく撫でながら、私の方へと目線を送った。
 しょうがないわね。そんな意味を込めた視線をキッチンから送り返す。
「よし。じゃあ、部屋に行こうか。昨日の続きを少しだけ、読んであげるよ」
「うん」
 はるかに抱き上げられほたるは嬉しそうに頷くと、その首へと腕を回した。無邪気な白い腕。私には無かった腕。馬鹿なことだと思うけど、その腕を愛おしいと感じると同時に、心に淀みを感じてしまう。
 母親に嫉妬する娘というのはよく聞くけれど、その逆っていうのはあるのかしら。
「みちるママ。おやすみなさい」
「おやすみ、ほたる」
「おやすみ。みちる」
「……おやすみなさい」
 私の口調から何かを感じ取ったのか、はるかは苦笑すると、けれどもそのままリビングを後にした。
 静かになった部屋に、今更私も苦笑する。
 これじゃあまるで、私が子供じゃない。でも、と思う。でも、はるかはこの事態をどう思っているのかしら、と。

 あの戦いが終わった後も私たち4人はそのまま一緒に暮らしていた。
 少女を、ほたるを土萌氏のところへ帰すことも考えたが、それはもう少しほたるが大きくなって身の回りのことを自分で出来るようになってからにしようということになった。
 ほたるの急激な成長はもう止まっている。あれは戦いに間に合わせた成長だったのだろう。そう思うと、ほたるは誰よりも使命に翻弄されいる。それなのに、どうしてあんなにも無邪気で居られるのだろう。
 戦いのあと。ほたるは毎晩はるかに一緒に寝て欲しいとねだっていた。それまでは、一言もそんな我侭を言わなかったのに。
 少し戸惑いはあったけれど、子供に私たちの我侭を押し付けるわけにも行かないし、それに、はるかが、まさか手を出したりはしないよ、なんて冗談を言うから。私も笑いながらOKをしてしまった。
 けれど。それを今更になって後悔するなんて。
 もちろん、はるかはほたるに手を出してなんかいない。はるかからすればほたるは娘のようなものだし、ほたるからしてもまたはるかは親のような存在だから。だけど、もう一ヶ月になる。はるかとほたるが共に寝るようになって。
 その間私は、勿論一人で眠っている。独りで眠れないわけじゃないけれど、土萌氏との戦いの後はずっと二人きりで暮らして。ずっと一緒に居たから。淋しい。

「灯り。点けないと目が悪くなるって言わなかったかしら?」
「ノックくらいして欲しいって言いませんでしたか?」
 意地の悪い私の声に、意地の悪い声で彼女は返した。PCを打つ手を止め、振り返る。一体私はどんな表情をしていたのだろう。彼女は私の顔を見止めると苦笑した。
「せつな」
 呟いて、両手を広げた彼女の胸にしなだれかかる。私を優しく包んだ彼女は、はるかとは違う優しさで髪を梳いた。
「……こんなところ。はるかに見られたら、私は殺されてしまうかもしれませんね」
「何言ってるのよ。有り得ないわ、そんなこと」
 微笑う彼女に合わせて私も微笑ったけど。私を引き剥がすと、彼女は真っ直ぐに私を見つめた。
「貴女は少し鈍感なところがあるのかもしれませんね。それははるかにも言えることですが」
「せつな?」
「みちる。貴女は彼女に愛されていますよ。見ていて怖いほどに。だから誰も自分から貴女に近づくことは出来ない」
「まさか。せつな、それは言いすぎだわ。確かにはるかは私を愛してはくれているけれど。それはもう、家族愛に……」
「ほたるが、一度も貴女と一緒に寝ようとしないのは何故か、考えたことはありませんか?」
「……ほたるが?」
 言われて私は初めて気づいた。そういえば、ほたるははるかだけではなく、せつなと共に眠ったこともあった。けれど、私に声をかけたことは一度もない。
 どうして。
「もしかして、私は嫌われているのかしら」
「分かってるんですよ、ほたるは。自分が貴女を誘うことは許されないと。だから貴女に甘える分もはるかに甘えているんです。そしてはるかは……。彼女は、ほたるの甘えを総て受け入れることで、あなたを独り占めしているんですよ」
「私を?」
「ええ」
 確かに、はるかはほたるのお願いを滅多に拒まない。拒むとしたら、私との先約があり、そしてせつながほたるを請け負ってくれる場合のみ。
 それは、つまり。だから、ええと。
「みちるに甘えていいのは僕だけだ。はるかに言わせればそういうことなんでしょう」
 彼女の声にはるかのそれがダブって聞こえ、私は思わず赤面した。こんなの、彼女の推測でしかないというのに。
 でも。
「ありがとう、せつな。少し、元気になったわ」
「少し?私には大分元気になったように見えますけど?」
 もしかしたら思っていた以上に表情が大分緩んでいたのかもしれない。彼女は指先で私の頬を突くと優しく微笑った。けれど、その奥に苦いものがあるのを見つけてしまって。
「……せつな?」
「少し、いいえ、とても。貴女達が羨ましい。使命があるとはいえ、貴女達は想いを伝え合うことが出来る。触れ合うことだって出来る。それが羨ましいと」
「せつな……」
 そうだった。つい自分の運命ばかりを悲観してしまっていたけれど。彼女は私達よりももっと辛い運命にある。告げることすら許されない想いを抱いたまま、彼の人と誰かとの倖せのために永遠の時間を生きなければならないのだから。
「だからこそ、貴女達には私の分も倖せになって欲しいんです。折角想いを伝えることが出来るのですから」
 再び微笑んでそういうと、彼女は私の肩を掴み、ドアの方へと向けさせた。
 視界に入る、愛しい、姿。
「はる……」
「せつな。僕のみちるを独り占めする気かい?」
 怖いほどに穏やかな口調。思わず彼女を振り返ると、彼女は、言ったでしょう、とでも言うように苦笑してみせた。
「違うわ、はるか。私がせつなを求めたのよ」
「……求めた?」
「それより。はるかこそどうして?ほたるは?あの子と一緒に眠ったんじゃなかったのかしら?」
「眠ってるよ。今日は独りで寝るから、自分が眠りについたらみちるの元へ行ってやってくれってね」
 ようやくはるかがいつもの口調に戻る。そのことに安心した私は、遅れてほたるの配慮に赤面した。どうやら、これも彼女の言う通りなのかもしれない。私は鈍感だっていう。
「じゃあ、せつな。みちるを返してもらうけど。いいかい?」
「ええ。じゃあ私は、可哀相なお姫様の様子でも見てくることにします」
 可哀相な、という言葉に私は胸を痛めた。けれど、はるかが私の肩に触れて微笑うから。私も思わず微笑ってしまった。
「せつな。僕のお姫様も繊細なんだぜ。余り虐めてくれるなよ」
「あら。私ははるかさんのためを思って言ってあげているんですよ」
「ったく君は。……まぁ、いいか」
 溜息混じりに言うはるかの表情に、私に見せるものとは違う優しさが浮かぶ。そのことに私が感情を動かされる前に、肩に乗せられたままの手に力がこめられた。
「みちる」
「……ええ」
 促されて部屋を出る。
 扉が閉まる前に彼女にお礼を言おうと思ったけれど、彼女はもうPCに向かい自分の世界に入っていたので、私は何も言えなかった。


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