Reason |
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怖かった、と。 少女は震える手で僕にしがみついた。 仮死状態。完全に死んでいたわけではなかったらしい。 それでも。 あの日、タリスマンを抜かれた僕たちは。 確かに、死んでいた。 あの時のことはよく覚えている。 僕には不釣り合いな程に真っ白な世界。誰もいない。何もない。 辛うじて僕がそこに存在していることを証明しているのは、視界に入る自分の肢体、足元から伸びる鈍色をした影。それと、僅かながら体にかかる、重力という負荷。 そこが暗闇であったのなら、みちるを捜して声を張り上げていただろう。闇雲に走り手を伸ばし。いつかは彼女をこの腕に抱きしめられることを信じて。 けれど。真っ白い闇なんて、どうしたらいい? どうすることも、できないじゃないか…。 僕は自分がそこに存在していると分かると、みちるに会えない絶望に途方に暮れた。 けれど大きく深呼吸をすると、次の瞬間には走り出していた。 彼女の強さの源を知っていたから。 それがなければ彼女は齢16歳の少女なのだと分かっていたから。 名を呼び、走る。前に進んでいるという自覚は反響し聞こえてくる自分の足音のみだったけれど。それでも、僅かな希望を胸に、ただひたすらに走った。 そうしてやがて見えた色に僕は手を伸ばした。 マンションへと辿りつくと、彼女の言葉を切欠に僕たちはそれ以後言葉を交わすことなく肌を合わせた。 甘い言葉もなく、名前すら呼ばず。時折堪え切れずに漏らす喘ぎと粘着質な水音だけを響かせながら、互いの存在を確認するかのように抱き合った。 「地獄の方がまだ救いがあるのかもな」 まだ過剰に上下する胸に寄り添う彼女の髪を撫でながら、呟く。 僕があの時掴んだ色は現世への道で。結局僕はあの白い闇でみちるを見つけることは出来なかった。 「他の誰が居なくても生きて行ける。でも貴女の居ない場所なんて例え楽園であったとしても私にとって地獄でしかないわ」 髪を弄ぶ僕の腕を払い、覆うようにして僕を抱きしめると彼女は云った。そうして僕の胸に顔を埋めて呟く彼女は。どんなに優雅で妖艶な姿をしていようと16歳の少女なのだと僕に告げる。 「ねぇ、はるか。地獄なら私たちずっと一緒に居れるのかしら?それともっ…」 胸に痛い言葉。彼女の云いたいことは分かっていたから、僕はそれ以上を塞いだ。 「んっ…」 触れるだけのつもりだったのに、思いがけず生温かい感触が口内に入り込んでくる。それは未だ僕の存在を疑っているかのように動き、充分に存在を確認すると名残惜しむようにして離れた。 「みちる。知ってるか?自殺ってのは転生できないらしいって」 「…そう。じゃあ今ここで心中でもしてみる?」 腕を張り僕と距離を置いて云うと、頸動脈と交差するように首に線を引いた。口元が歪んでいるのは恐らく悪しく笑おうとして失敗したからだろう。眉間にはらしくない皺がある。 「なかなかの名案だと思うけど」 「私たちにはまだやらなければならないことがある。…でしょう?」 「救世主を。一刻も早く探さなければ」 彼女の眉間に手を伸ばし、触れる。そのまま指を滑らせると、揺れる瞳から溢れ出そうとしている雫を掬った。 「泣くなよ、みちる。慰めることにはなれてないんだ。僕は慰められるの専門だからね」 「嘘。可愛い子には優しくしている癖に」 「…君は、そういう慰め方をされたい人だったかな?」 だったら、と呟き体の位置を入れ替えると、額に口づけた。 「もう。意地悪なんだから」 意地悪く微笑む僕に、彼女は悪態を吐きながらもなんとか微笑してくれた。 伸ばされた白い腕が僕の首に絡まり、引き寄せられる。深く唇が重なったけれど、もう彼女は僕の存在を確認しようとはしなかった。未だ、微かにその腕は震えてはいたが。 「…ごめん」 「え?」 次は君を見つけるよ。必ず。 いや、それよも。 「もう二度と、離したりはしない」 「…はるか?」 「その方が、わざわざみちるを捜しさなくて済むしね」 わざとらしくおどけた云い方をしたから。彼女はそれをいつもの軽口だと受け取ったらしく、まぁ、と呟いては微笑ったけれど。 僕はその言葉を嘘にはしないと、密やかに強く、心に誓った。 |
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