だいきらい。だから…。
「はるかパパなんて大ッ嫌い!」
「……え?」
 突然のほたるの言葉に、はるかはそれまで誰にも見せたことのないような表情をして固まった。更に内容を理解し、困り果てた顔になる。
「ほたる?今、何て……。僕の聞き間違いかな。嫌いって言われたような気がしたんだけど」
「そういったの。はるかパパなんて、大嫌い」
「……どういうこと?」
 どういうこと?繰り返してキッチンを見やると、みちるとせつなが含んだような笑みを見せてはるかを見ていた。
「どういうことって、そういうことなんでしょう」
「はるかさん、自分の胸に聞いてみたらどうかしら?」
 助けを求めたはずの二人に突き放され、はるかは仕方がなく自分の胸を探った。当然、思い当たる節はない。それどころか、昨日、はるかとみちるとせつなの三人の中で自分が一番好きだとほたるに言われたばかりだった。
 そう。原因があるとすればそこなのだ。
 どういう切欠でそんな話になったのか、最早誰も覚えていない。しかし、表面上はふざけながらも内心本気で三人はほたるに誰が最も好きなのかと尋ねていた。
 そんな質問をされてほたるが困ることは当然分かっていたし、それでも質問をする自分達を大人気ないとも思っていた。けれど他の皆に知られているより頑固で負けず嫌いである三人は誰一人として引こうとはしなかった。
 そして、長考の末、ほたるが出した答えがはるかだった。
 当然はるかは喜んだ。ほたるがみちるを選び、みちるがそのことに歓喜したら自分は妬くだろう。また、その逆も然りだろうとほたるが答えを出すまで頭の隅で一応思い煩ってもいたのだが、ほたるにはっきりと自分の名前を口にされた途端、その考えは何処かに吹っ飛んでいた。
 はるかは満面の笑みでほたるを抱きしめ、その頬にキスをし、その夜は二人で眠った。当然、自分を一番好きだと言ってくれたとはいえ、ほたるに手を出すことはしなかったのだが。
 果たしてそれがいけなかったのだろうか。ほたるはもしかしてそれを切欠に自分との関係を望んでいたのではないだろうか。他に思い当たることがなかったはるかは、考えに考えた末、そんな結論を導き出した。
「ほたる、ちゃん?」
「なぁに?」
「もしかして、昨日僕が何もしなかったのを怒ってるのかな?」
「……え?」
 幼子に話すような口調だけれど、内容はそれに相応しくないもので。だからはるかは無駄に頬を赤くした。けれど、わざとらしく咳をすると、ほたるの両肩を掴み、真っ直ぐにその目を見つめた。
「はるかパパ?」
「ごめんな、ほたる。ほたるが昨日、僕のことを一番好きだって言ってくれたのは凄く嬉しかった。これは嘘じゃないんだ。だけど。うん。なんていうかな。僕はやっぱりみちるが一番好きなんだよ。それでほたるからも一番好きでいてもらいたいなんていうのは我侭だって分かってるんだけど。それでも僕にはやっぱりみちるが一番なんだ。だから、そのことで怒ってるなら、ごめん。でも僕はやっぱりみちるが好きだから。ほたるに何もしてやれないんだ」
 一気に言い、肩に置いた手はそのままに、視線を外す。しかし、これでほたるにもう一度嫌いだと言われたら、それはもう仕方がないとはるかは思った。ほたるがどんな思いで自分を好きだと言ってくれたのであれ、その気持ちがどれだけ嬉しいものであれ、結局自分はみちる以外を愛することは出来ないのだとはるかは自分でも呆れるほど良く分かっていた。
 けれど。
「なに言ってるの?はるかパパ」
「……え?」
 クスクスと笑いながら言うほたるに、はるかは間の抜けた声を出して顔を上げた。その後ろでは、せつなも同じような笑みを浮かべ、そしてみちるは呆れ顔で、けれど耳まで朱に染めてはるかを見ていた。
「え?な、なんだよ。皆して」
「はるかパパ。今日はエイプリルフールだよ」
「……エイプリルフール?」
「知らないの?今日は大好きな人に大嫌いって嘘を吐く日」
 したり顔ほたるに、はるかは言葉を失った。
 言われて見れば今日は四月一日で、そんな風習があったような気もするが。大嫌いと嘘を吐く、などという内容指定まであっただろうか。
 一瞬混乱して、ほたるの後ろにいる二人の存在を思い出し、はるかは我に返った。
「ほたる。それって誰に教えてもらった?」
「ん。せつなママとみちるママ」
「ちょっと、ほたる。それは秘密って……」
「ああ、そう」
 案の定、ほたるの後ろで慌てる二人に、はるかは立ち上がると飛び切りの笑みを見せた。
 その気配を察したのだろう。歩き出そうとするはるかの袖を、ほたるが強く引いた。
「はるかパパ、怒った?」
 さっきまでのしたり顔は何処へ言ったのか、触れれば今にも泣き出してしまいそうなほたるの表情に、はるかは慌ててしゃがみこんだ。ほたるの頭をそっと撫でる。
「ほたるに本気で嫌われたのかと思ってビックリしただけさ。でもこれでほたるが僕を大好きだって言うのが分かってよかったよ。だってそうだろ?この嘘は大好きな人にしかつけないんだから」
「……うん」
「でもな、ほたる。例え嘘でも、大好きな人に大嫌いなんて言うのは駄目だ。例え嘘だと初めから分かっていたとしても、辛いものなんだよ」
「ごめんなさい」
「これから気をつければいいさ。だから、ほら。笑って。おやつにでもしよう。あの二人がきっと今から飛び切り美味しいものを作ってくれるはずだから」
 ほたるの体を反転させ、頬を寄せてはキッチンにいる二人を指差して言う。そのはるかの口調に、ほたるは頷いて笑うと、その首にギュッと腕を絡ませた。



オマケ
「みちる。幾ら昨日のことが悔しかったからって、今日の大分心臓に悪かったんだけど」
「あら。でも私、今日ははるかには嘘はついてなくってよ」
「……反省、してないな?」
「しようと思ったのだけれど。誰かさんが言った言葉が頭から離れなくって。浮かれてしまってるのよ」
「誰かって……あ」
「これで私は暫く寛容な心ではるかとほたるのことを見ていられるわ」
「これでって。今までは?」
「……忘れたわ」
「そう。……ま、いいか。どうなろうと結局僕はみちるを好きなんだし」


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