月光
 やめて。そう叫びたいのに見惚れてしまう。彼女のその横顔に。月を眺める優しい瞳に。
 ねぇ、はるか。貴女は今、何を、誰を想っているの?
 気付かないのが悔しい。いつもは私が部屋に入った時にはもう私に笑顔を向けているのに。月に魅入られている時は必ずこうなってしまう。
 やめて、はるか。私がここにいるのに、私以外の人のことを考えるのは。
 ねぇ、はるか。
「みちる。そんなゲームは僕たち二人しかいない空間じゃ意味が無いよ」
 声をかけてもし無視をされたらと思うと怖くて、私はいつも背後から彼女の両目を塞ぐ。そうすることで私の手を優しく解いた彼女はようやく私を見つめてくれる。
 掴んだ手に、唇を落としながら。
「お帰り、みちる」
 隣の防音室でヴァイオリンを弾いていたから、彼女は私にお帰りといった。自分の世界から、僕のいる現実へ良く帰ってきたね、と。そういった意味なのだろう。
 だけどそれは、貴女にも言えることではなくて?
 そうは思っても決して口には出さない。態度にも。私がさっき弾いていたのは彼女をイメージして作った曲だから、ただいますらも絶対に言わない。
「ブラインド、閉めてもいいかしら?」
 貴女の視界にあの子が映らないように。
「ああ、そうだな。幾らここが高い場所にあるとはいえ、何処から君の姿を覗き込んでいる不届き者がいるか分からないし」
「私に興味があるヒトは貴女だけよ」
「君は、いい加減自分の人気を自覚した方がいいよ。僕みたいに自覚しすぎるのも困るけどね」
 自嘲気味に笑いながら、けれど彼女は素直にブラインドを閉めてくれた。ようやく、その瞳が私だけのものになる。
「自覚しても仕方がないわ。私が興味があるのは、はるか。貴女だけなんだから」
 気付かない。私の嫉妬に。だから彼女は私の言葉をそのまま素直に受け取ると、嬉しそうに両手を広げた。吸い込まれるように彼女の胸に引き寄せられる。
「好きよ、はるか」
 例え無意識に他の誰かを想っていたとしても。
「僕もだよ」
 答えて口付けを交わす彼女の温もりが胸をきつく締め付ける。
 無意識。だから私には太刀打ちが出来ない。それは使命のために前世から植えつけらている思想なのだと理解しているつもりだけど。それでもどうしても、あの子から貴女を奪いたくなる。
「はるか。やっぱりブラインドは開けましょう。変わりに電気を消すわ」
 だからここで、私を抱いて。
 そこまで言わなくても彼女には伝わったようで、彼女は苦笑し溜息を吐くと、ブラインドを全開にした。その間に私は部屋の電気を消す。
「不届き者に覗かれてもしらないぜ?」
「いいの。今は見せ付けてあげたい気分だから」
 彼女が見つめていたあの月に。
 どんなに彼女が想い続けていても、あの子にはそれは届かなくて。触れることが出来るのはこの私だけなのだと、見せ付けてやりたい。
 何て、私は我侭なのだろう。彼女はあの子を守りたいだけなのに。戦士としてのその思いは私の中にもあるはずなのに。
 頭では理解していても、感情が追いつかない。
 もしかしたら、彼女が抱いている思いは、戦士として以外のものなのではないかと疑ってしまう。
 だからこそ、奪いたい。無意識の中でも私だけを想えるように。その使命すら、奪ってしまいたい。
 この地球の運命なんてどうでもいい。ただ私との倖せを守るために戦うのだと、そう言って欲しい。嘘ではなく、本心から。
「君は本当に綺麗だね、みちる」
 月明かりに照らし出される私の肢体に彼女が甘い声で囁く。
 私は不敵に笑うと、その首に腕を絡めて口付けを交わした。
 綺麗だなんて、上辺だけ。私の感情はこんなにも醜いのに。貴女はそれに気付かない。恐らく、この先もずっと。
 それは私を見ていないからとも言えるけど、それで彼女が私を愛してくれるのなら、それでいいのだと私は思う。幻滅して離れてしまうより、何倍もいい。
 だって私は、はるかのいない人生なんて考えられないのだから。
 幾度となく嫉妬して、その度に自分の醜さを隠す演技をして。それでも愛されていたいの。あの子よりも、誰よりも。貴女を想っているのは私だから。
「好きよ、はるか。愛してるわ」
 朦朧とした意識で、うわごとのように繰り返す。この総てに強い想いが含まれていることを彼女はきっと知らない。それでも私は繰り返し続ける。
 いつかはるかが、私だけを見てくれるその日まで。


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送