月に祈る
 時々こうして月を眺める。特に、戦闘の後なんかは。
 そうすると気分がとても落ち着くんだ。
 青白い光は遠く、だけど見守るような温かさもある。
 いやそれは、僕の過去の感情が感じているだけなのかもしれないが。
 身近だけど遠い天体だと感じてしまうのも、きっと同じ理由だろう。
 僕たちは自分たちの星にいることが殆どだったから、月になど足を踏み入れることは滅多に無かった。
 ただ、そこに足を踏み入れなければ、ネプチューンと逢うことも無かったのだけど。
 不思議だな。そんな過去の偶然が今の僕とみちるを繋いでいるのだから。
 そんなことを考えていると、突然視界が闇に変わった。目に感じる温もりに、それが可愛らしい悪戯であることに気付く。
「みちる。そんなゲームは僕たち二人しかいない空間じゃ意味が無いよ」
 笑いながら、その手を剥がす。けれど手は繋いだまま、僕はそこに唇を落とした。
「お帰り、みちる」
 戦いの後、僕が月を見て心を落ち着かせるように、彼女はヴァイオリンを弾くことで心を落ち着かせるらしい。
 防音設備施された部屋にこもり、自分の世界へと旅立つ。
 ドアにつけられた小窓からヴァイオリンを奏でる彼女の姿を見ると、微笑ましくもありそして淋しくもある。いや、不安といった方がいいかもしれない。
 みちるはいつも僕を置いて行く。
 ひとり自分の世界に行ってしまう彼女を見る度、言いようの無い不安がこみ上げてくる。
 彼女の世界には僕は立ち入れない。そして彼女は僕を振り返ることなく行ってしまう。今はまだ、精神世界だけの話だけれど、現実世界にまで広がり出したらどうしようなんて。
 こんなこと。言ったらきっと笑われるから隠したままだけど。僕はどうやらもう、彼女無しでは生きられないようだ。
 だから。そんな不安を感じるような戦闘の後は、僕は月を見上げる。彼女が僕のいる世界に戻ってくるまで。僕たちを幾度も引き合わせ、そして幾度となく引き離す月に、祈る。
 現在(いま)の倖せが少しでも長く続くよう。末路には悲劇が必ず用意されていようとも、この先も、来世までも、僕たちが出会えるよう。ただひたすらに祈る。
「ブラインド、閉めてもいいかしら?」
 じっと月明かりに美しく照らされるその顔を眺めていると、彼女は誘うような声でそういった。頷いて、ブラインドを閉める。闇に彼女が隠れてしまうのことを少し勿体無いと思いながら。
 だけど。
「やっぱりブラインド開けましょう」
 どういう気紛れか、一度決めたことを覆すことが滅多にない彼女は、そういうと部屋の明かりを消しに行った。ブラインドを全開にする。
「君は本当に綺麗だね、みちる」
 剥がした衣服。月明かりに青白く浮き上がる彼女の体は、その精神を反映しているように美しい。
 僕の言葉に満足したのか、彼女は不敵に笑うと首に腕を絡め、口付けをしてきた。深く熱く舌を絡める。
「好きよ、はるか。……愛してるわ」
 熱い吐息をまぜながら、うわごとのように彼女は愛してると繰り返す。その度に僕は彼女を愛おしく、守りたいと思う。だけど、僕だけの力なんて高が知れてるから。
 僕が彼女を守れるように。僕の倖せを彼女にも分けられるように。僕に力を貸してくれ、と。視線の隅に僅かに映る月に、僕はまた、祈りを捧げる。


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