pray
 星に願いを。だけど、私達は誰に願えばいいのかしら。
 そんなことをみちるは呟いた。私に聞こえるように言ったのか、それとも単なる独り言なのか。
 並んで眺める視線の先には、ベランダで大きな笹に飾り付けをしているほたるとはるかがいる。無邪気に笑いあう二人は、友達でも親子でも姉妹でもない不思議な関係に見えた。いつもは親子のようなのだけれども。
「はるかってこういうイベント事好きですよね。あなた、大変じゃない?」
 楽しげな二人に視線を向けたままで言う。暫く反応がなかったけれど、くすりと笑う声がした後で、少しね、という言葉が聞こえてきた。
「けどそれだけはるかが私の事を想ってくれているのだと思うと、何も言えないわ。だってはるかのことだからきっと何日も前からプランを考えてるだろうし」
「風のように自由に、なんて言っているけれど、結局はるかはあなたに縛られているというわけね」
「あら。別に私は束縛しているつもりはなくてよ。はるかが勝手に縛られてるだけ」
「その割には、あなたはいつも嬉しそうですけどね」
 意地悪く言って横目でみちるを見ると、みちるも私を横目で見ていた。交差する視線に思わず笑い合う。
 みちるはヴァイオリニストや画家としての多忙な日々を送っているせいか、イベント事に対して興味がない。それが恋人同士の大切な日であったとしても。
 それに対してはるかは、口では自分は自由な人間だなどと言っておきながらもイベント事は決して忘れない。スケジュールが合わなければ後日に予定を回すし、それでも当日必ず一言だけでも行動を起こす。一度みちるが海外遠征に言っていた時に、時差を忘れてコールをしてしまったときがあった。電話を切ってからそのことに気付いたはるかは猛省したらしい。と、みちるが嬉しそうに話をしていたことがある。いかにも迷惑だという口調を作りながらではあったけれど。
「せつなこそ、どうなの?」
 考えに耽っていると、みちるが言葉をかけてきた。今度は顔ごと視線を私に向けている。
「どうといいますと?」
「あれ。今はほたるがいるから丁度いいかもしれないけれど、きっとほたるがいなくなってもやるわ、あの人」
「そうですね。それはそれで、微笑ましくていいんじゃないですか?私は知識として知ってはいても、実際に行うのは今日が初めてですから。子供が経験する回数分くらいなら、一緒に楽しめますよ。きっと」
「……そう」
 私の言葉にみちるは笑顔を見せると思ったのだけれど、意外に彼女は顔を曇らせてしまった。視線を手元に置かれたまだ何も書かれていない短冊に移している。
「意味の無いことだと、思っていますか?」
「――え?」
「星に願うこと。その星は何も叶えてくれないと分かっていて願うことを」
「……さぁ。どうかしら。でもどうしても浮かんでしまうの。あの子の顔が。そして考えるわ。はるかはあの子に何を願うのか」
 確かに私達が実際に何かを願うとしたらその相手は決まっている。そしてその願いが受け入れられないことも分かっている。
「けれど、それは考えすぎですよ。はるかはあの子に何かを願ったりは……」
「分かってるわ。はるかにとってあの子は、守るべき存在だもの」
「……あなたという人は。はるかのことになるととことんネガティブになりますね」
「違うわ、せつな。あなたの前だからよ」
「それは喜ぶべきこと?」
「勿論。だってはるかが知ったらきっと、嫉妬するもの」
 みちるの言葉に私はその場面を想像しては溜息を吐いた。それを見た彼女が微笑む。
「嬉しい?せつな」
「ええ。溜息が出るほどに」
 言ってもう一度溜息を吐くと、今度は微笑った。みちるも微笑っている。
「……そう。どうせなら無駄な願いにしましょう」
 思いついた私は、ペンを握るとみちると同じく白紙だった短冊に文字を連ねた。覗き込んだみちるが、声を漏らして笑う。
「なんだか楽しそうだな」
 笑い声に気付いたはるかが、ベランダから声をかけてきた。その肩にはほたるが乗っていたけれど、ここからでは鼻から上が隠れてしまっている。
「ええ、楽しくってよ。だからはるか。早く飾りつけ、お願いね」
「なんだよ、それ。……ま、いいか。ほたる。じゃあさっさと終わらせて花火やろう」
「うんっ」
 再び笹に向かった二人に、先ほどまでとは違った微笑みが浮かぶ。もちろん、みちるにも。
「あなた、ほたるならいいんですね」
「……私は肩車よりもお姫様抱っこの方が好きだから」
「まったく。これじゃあはるかが二人いるようなものだわ」
「あら。それは楽しい話ね」
「困った話ですよ」
「……だったら」
 思わず額に手を当てた私に、みちるは思いついたようにペンを握ると白紙だった短冊にスラスラと願いを書き込んだ。
「これも、きっと無駄な願いね」
 ひらひらと振ってみせる短冊。そこに書かれた願いに、私達はまた、声をあげて笑った。


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