Bitter Sweet
「みちる」
 声と共に背後から腕が伸びてくる。私を抱きしめたはるかは、もう一度名前を呼ぶと、私の髪に顔を埋めた。
 甘えに見せかけた不安の吐露。分かってはいるけど、私はいつもはるかの嘘に従う。そうすることで、はるかは安心するから。
 不安になることを恥じる必要なんて、何処にもないのに。どうして隠そうとするのだろう。
 ヒーローに無邪気に憬れるほど子供でもなく、与えられた使命を何も考えずに遂行出来るほど大人でもなく。その中途半端な所に私たちはいるんだから。敵を倒すことに疑問や不安を抱いても、それはとても自然なこと。それなのに。
「はるか。くすぐったいわ」
 うなじに感じる圧迫に、少し体をよじらせる。それでもはるかの腕を解くことはせずに、私は手を伸ばしてその柔らかい髪を撫でた。はるかの鼻が私の髪を掻きわけ、直接うなじに触れる。
「今夜は、泊まって行くだろ?」
 体に響くような声。愛しすぎて息が詰まる。
「みちる」
「……海堂に、連絡してこないと」
 やっとのことで呼吸を取り戻す。はるかの両手に手を重ね、引き剥がそうとするけど、それは適わなかった。
「連絡なんかしなくても。いつものことだ、執事も分かってくれるさ」
 一瞬でも放さないとでも言うように、強く私を抱きしめる。今度は本当に、苦しくなってくる。
「はるか、苦しいわ。少し、手を……」
「嫌だ」
「でも。……このまま夜風に当たってたら風邪を引くわ。それに、こんな体勢じゃキスも出来ない」
「出来なくはないさ」
 はるかの手が私の顎を掴み、無理矢理首を捻らせる。首を伸ばしたはるかと確かに唇は触れ合ったけど、それはすぐに離れてしまった。
「ほら」
「嫌よ、こんなキスじゃ」
 はるかの手が再び私の体を抱きしめる前に、その手を解いて振り返る。驚くはるかの頬に触れると、唇を重ねた。今度は、すぐに離れない。
「……みちる」
「ねぇ。中に入りましょう?まだ秋口とはいっても、やっぱりベランダ(ここ)は少し寒いわ」
 急かすように、はるかの手を引く。それでも暫くは足を動かそうとはしなかったけど。
「分かったよ」
 少し眉を上げてから微笑んでそういうと、はるかは私の腰に手を回した。
 やっぱり今日も、本当の甘えになってしまったわね。
 いつもの表情に戻ったはるかを横目で見ながら、私は内心でそう呟いた。
 そして、私も。
 私の、胸の奥で甦り始めていたはるかへの不安も、いつものように甘えの中へと消え去って……。


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