誘惑

※はるみち前提星はるです。オマケのみはるみちです。


 鼻先が触れ合う程の距離で見つめ合う。
 何でこんな事になったのかは何とか説明できるけど、それに伴う感情は上手く説明できそうにない。
 俺は一体なんたってこんな状況を作り出しちまったんだ?

「お前が好きだ」
 思ってたより細い手首を掴み、奴を真っ直ぐ見つめる。
 俺の突然と思われる行動に一瞬目を見開いて見せたが、次の瞬間にはいつものムカつく笑みを見せていた。
「だから、何だ?」
 ……だから、何だ?
「僕にはみちるがいる。それを知っててそんなことを言うってことは、みちるに勝つ自信があるのか。それとも……」
 言いかけると俺が掴んだままの腕を顔の横まで持ち上げた。よほど強く掴んじまってるらしく、奴の指先はいつもに増して白い。だけど俺はこの手を解くどころか緩める気もなかった。
 こいつは風だ。油断すれば煙に巻かれる。
「それとも、それを口実に僕を犯したいのか」
「なっ……」
「今更何を赤面してる?」
 まだ余裕の笑みが続く。仮にも奴の言う通りなんだとしたら、狼狽えるのは俺じゃない筈なのに、どうみても心的な立場が逆転してる。
 くそっ。
「いい加減、手を放してくれないか?」
 この状況に苛立ち始めた俺に、呆れたとでもいうように奴は言った。
 その言葉が余計に俺の神経を逆撫でする。
「嫌だ、と言ったら?」
 空いている手で奴の肩を掴み、壁に押しつける。
「わざわざ優しい言い方をしてやってるのに、馬鹿だな。放してくれないなら、自分で振り解くまでだ」
「……馬鹿にしてるのか?」
「当たり前だろう。それともまさか、僕に力押しが通用するとでも思ってるのか?」
「通用、しないのは戦士の時だけだ。今はただの男と女だ」
「ただの、じゃない。僕はコンマ1秒を競うために日々鍛えている。甘やかされてろくに歩くことすらしていないお前らお気楽アイドルとは違う」
「……そういうなら振り解いてみろよ。男と女じゃ根本的に」
 力が違うんだ、と言おうとしたけどそれは出来なかった。あっと言う間に俺の体は奴と入れ替わり、形勢逆転されてしまった。
「根本的に、何だったかな?」
 壁にぶつけられた衝撃に眉をひそめた俺をからかうように言う。頭に来て手を振り解こうとしたけど、全く動かなかった。
 そうやって不自由に気を取られてたから、奴の顔が鼻先が触れ合う寸前まで近づいてたことに気づくのが大分遅れた。
 今更その距離に驚いて顎を引くと、奴はまた笑った。
「振り解いてみるか?」
「……ま、さか。こんな願ってもない状況を壊すようなことするわけないだろ」
 手に掛かる負荷を感じてないわけじゃないだろうから、この言葉が振り解けない言い訳だってことは気づいてるだろうけど、奴は気づかないフリで、それもそうだな、と言って笑った。
「星野」
 一呼吸置いて名前を呼ばれる。もしかしたらそれは初めてのことかもしれないなんて考えを巡らせていたから、またしても俺はその声色の意味や近づいてくる距離に気づくのが遅れた。というより、気づかされたんだ。唇に感触が届いたことで。
「んっ」
 無言の奴に対して、驚きに俺は声を漏らした。それをきっかけにしたみたいに奴が俺の中に入ってくる。おそるおそる触れてみると、そのまま絡めとられた。
 体は密着し、普段は意識しない奴の胸の弾力を感じる。舌だけじゃなく足まで絡められ、膨らみ始めた中心の感覚に身を引きたい思いでいっぱいだった。
「はっ……」
 ようやく唇を離され、急速に酸素を取り入れる。けど、上半身は離れたものの絡んだ足は依然としてそのまま、いや、煽るように圧迫していた。
 何のせいかは分からないけど無駄滲んだ視界に映った奴は、何故か強く女を感じさせた。
「君は変身したいのか?」
 少しだけ荒い息を吐きながらの問いかけは、自分を抱きたいのか、それとも抱かれたいのか、と訊いていた。
 抱きたい?抱かれたい?分からない。
 分かるのは目の前にいるのは紛れもなく女だということ。それと、もっと深く彼女を感じたいということ。
「……お前は。どっちを望んでるんだ?」
 どちらとも言えなくて問いで返すと、奴は笑みを見せた。何処となく違和感のある笑み……。
「駄目よ、はるか。その気がないならちゃんとお断りしなくちゃ」
 奴の向こうから聞こえてきた声に、思考と体が固まる。
「中途半端に煽るなんて一番気の毒だわ。それとも、これはいつかの仕返しのつもりなのかしら?」
「……そうだよ、みちる」
 まるでみちるさんが来ることが分かっていたかのように奴は優しい声で言うと、その声に相応しい表情を作り振り向いた。
「その割には随分と楽しんでいるみたいだけど?」
「まさか」
 奴の呟きとともに体から負荷という温もりが消える。そのことに淋しさを覚えたから、つい。
「離せ」
「え?……あ、ああ。悪ぃ」
 いつの間にか再び掴んでしまった手を、奴の語気に押されて情けなく離す。
 まるで汚らわしいものに触れられたかのように奴は手首をさすっていたが、それに対して思考を巡らせる気にはなれなかった。
 それよりも頭を支配していたのは、中途半端な熱による倦怠感と罪悪感。それと、あの問いかけといつもとは違った奴の笑み。
 ――君は、変身したいのか?
「私、は――」
 気づいたらひとりになっていた部屋で、呟いた一人称が戦士としてのものになっていたことは、私以外誰も知らない……。


オマケ(はるみち)



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