この手が、伝えるものは。
 こいつも、モノか。
 醜い叫びを上げて消滅した妖魔。その残骸は電子レンジと花の種のようなものだった。恐らく、この種を電子レンジに埋め込むことで妖魔を作り出しているのだろう。最近はそんな奴等ばかりだ。
 もう敵は人間に取り付くことをやめたのかもしれないな。
 その方が無難だと、奴等も気付いたのだろう。人間の心はとても強いが、不可解だ。例えば、虐待の理由が愛故であるように。
 奴等が利用しようとする人間の闇の心は実は表層であり、その奥には何があるか分からない。そこにあるのも闇の心であれば、奴等にとって強大な力になるだろうが、大抵の場合は強い光であることの方が多い。だからいつも、土壇場で奴等は人間に裏切られる。
 僕が殺めた人間は、最早不運だったというしかない。僕自身に対しての言い訳じゃなく、その人間に対しての言い訳として。
「ウラヌス。どうかして?」
 壊れたレンジを見つめたまま立ち尽くす僕に、彼女が怪訝そうな顔をする。なんでもない。そんな意味をこめて笑みを作ると、僕は変身を解いた。彼女も、いつもの姿に戻る。
「帰ろう、みちる。少し派手に暴れすぎた。警察が来るといけない」
「……そうね」
 僕の笑顔に惑わされない彼女は、それでも素直に頷いて差し伸べた僕の手を取った。
 絡まる指から伝わってくる体温。それはきっと彼女も同じ。
 どうして、温もりは相互に伝わってしまうのだろうか。そんなことを最近考えるようになった。それまでは、彼女の温もりが欲しくて、自分の温もりを伝えたくて仕方がなかったのに。
 あの日。人を殺めてしまった日から。もう、その手を取ることに迷いはないけれど。罪悪感が消えたわけでもない。こうしている今も確実に、僕の手から穢れが彼女へと伝染してしまっている。
 醜い悲鳴。破裂する肉片。飛び散る体液。そんな光景に、僕はもう慣れてしまった。
 ……いや、慣れたわけじゃないな。目を瞑ることを覚えただけだ。
 変わってないな、僕は。この道を選んでも、結局は逃げてばかりだ。
 だがそうでもしないとやってはいけない。彼女の手を繋いではいられない。閉ざした扉を開ければ、ほら。
「はるか。少し、痛いわ」
「え?あ、ああ」
 繋いだ手に知らず力が入っていたらしい。ごめん、と呟くと僕は慌てて手を離した。……緩めるだけでよかった手を離してしまった。
 今日はもう、触れることは出来ないな。
 開いてしまった扉に、そう思う。流れ出した感情を再び扉に仕舞い込むには、一晩はかかりそうだ。
「ねぇ。今日、泊まってもいいかしら?」
「……え?」
「なんだか帰りたくないの。それとも、誰か先約が?」
「まさか。君以外、誰も入れたことないし、入れるつもりもないよ」
「なら、構わないわよね?」
 思考を充分に巡らせてから返答をしなかったせいで、完全に彼女のペースになってしまった。
 断る術を失くした僕は、頷くしかない。
「分かったよ」
 溜息ではなく微笑みをまぜて返事をする。そんな僕に彼女はわざとらしいほどの微笑みを見せると、強引に腕を絡めた。体が密着するようにして、肩に頬まで寄せてくる。
 ……離してくれ。今は。頼むから僕に触れないでくれ。
 叫びたかった。でも出来なかった。僕の緊張に彼女が気づかないはずはないのに。いや、もしかしたら。気付いているからこそ、こうしているのかもしれない。
 だとしたら尚更……。
 みちる。それでも君は肝心なことに気付いていない。君の愛情が僕を更に苦しめてるってことに。君は。……そう、気付いちゃいけない。
 共に歩むことを決めたのは僕であって、君じゃない。僕は君についてゆくけれど、君は僕についてきちゃいけないんだ。だからそんな風に微笑まないでくれ。
「……みちる」
「なあに、はるか」
 言えない。欠片すらも。少しでも話してしまえばきっと、僕は総てを曝してしまうから。
「……何か、食べるものを買って帰ろう。生憎、僕の部屋には今、君を満足させるような食べ物は何もないんだ」
「貴女がいれば、私はそれで満足よ、はるか。……でも、そうね。久しぶりに貴女の手料理が食べたいわ。疲れていなければの話だけど」
「これくらいでバテてたら、この先戦い抜けないさ。じゃあ、そこ、寄って行こうか」
 ぎこちなさが何処となく漂う会話。僕の微笑みの裏には恐怖があり、彼女の微笑みの裏にはきっと不安がある。
 僕が総てを打ち明ければ、彼女の不安は消えるのだろうか。だがそれは同時に、彼女を穢れた道へと引きずり込むことにならないだろうか。しかしどうするかを選ぶ権利は彼女にもあるはずだ。そうだろう?
 お前は怖いだけだ。彼女を道連れにする罪悪感を背負うことが。
 うるさいな。今更話す必要なんてないんだ。敵はもう、人間に取り憑きはしないのだから。
 ならば話したって構わないはずだろう?
 うるさい。黙れ。
 はるか、お前は――。
「……るさいっ」
「え?」
 思わず音になってしまった言葉に、彼女が反応する。焦って言い訳を探してはみたけれど、生憎店の中は五月蝿いといえるほどの音楽は流れていない。
「あー……。宇宙人からの交信が、ちょっと、ね」
 騙せるはずもない言い訳。でも問題は中身じゃない。言い訳をすること自体が意味を持つ。
「そう。人間だけじゃなく宇宙人からも好かれるなんて、天才レーサーさんも大変ね」
 案の定、彼女はそれ以上深追いすることはなく、おどけて言うと再び僕の肩に頬を寄せてきた。ただ、僕の腕を掴む手は、更に強さを増していて。
 すまない、みちる。
 伝わってくる僕への不安に、ただただ謝ることしか出来ない自分は、何て臆病で無力なのだろうと思う。
 ……強くなりたい。心から。
 この地球(ほし)を守るでもプリンセスを守るでもない。このたった一人の少女を安心させるだけの強さでいい。ただそれだけでいいんだ。
「みちる」
「なあに?」
「……あいしてる」
「何よ、急に。そんなの。……知っていてよ」
「そっか。ならいいんだ」
 僕の言葉に安心したか、顔を真っ赤にしながらも彼女の手が緩む。それを逃さず指を絡めると、今度は僕が強く握りしめた。
 穢れを伝染すことが止めなれないのならば、それ以上の愛情で彼女を充たせばいい。そんなことを強く、願いながら。


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