MIDNIGHT EMOTION
 深夜のインターフォン。誰なんて聞かなくても相手は分かる。
 何も言わずオートロックを開ける。奴が上ってくるまでの間に、ケトルを火にかける。どうせそのままことになだれ込むのだろうが、その後のコーヒーくらい、インスタントだけど、前もって準備はしておきたい。
 それにしても、外は酷い嵐だ。まさかバイクで来たなんてことはないとは思うが、車で来たとしてもコインパーキングからマンションまではそこそこの距離がある。濡れてなけりゃいいが。なんて。余計なお世話か。
 苦笑していると、チャイムが鳴った。はいはい、なんて誰が聞いてるわけでもないのに面倒くさそうな声を出してしまう自分がわざとらしくて笑ったが、玄関を開けた途端、その笑みは凍りついた。
「お前……ずぶ濡っ」
 ずぶ濡れじゃんか。そう言おうとした口は、途中で塞がれた。元々意味の無い言葉だったから中断されても構わないのだけど、どうも様子が可笑しい。
 唇を重ねたまま靴を脱ぎ、オレを壁に押し付ける。まるで性別が入れ替わったかのように、奴は無言でオレの服を脱がしにかかった。首筋に吐息を感じる。
「やめっ。お前。そのままじゃ風邪……」
「どうせすぐ温まる」
「そういう問題じゃねぇだろっ」
 拒もうと何度もその肩を押しやるが、びくともしない。それでも、何とか手首を掴んで引き剥がす。
「お前、いい加減に……」
 言いかけた言葉は、今度はケトルの音によって遮られた。
 このことは流石に予想外だったのだろう。音に驚いて奴の力が抜けた隙に、オレはキッチンへと半ば逃げるようにして向かった。
 コンロの火を消し、少し考えたが、コーヒーを入れた。奴が甘党なのは分かっていたが、砂糖は入れなかった。
「座れよ」
 リビングに立ち尽くしている奴に、オレは距離を置いたまま言った。座る場所を指示するようにコーヒーを置く。オレのは、一人分の距離を空けたところに。
「座れって」
「……濡れるぞ?」
「ここまで雫たらして来た奴が……」
 今更何言ってんだ。そう言おうとしたが、多少ではあるが会話が出来るようになったことに、オレは思い直した。入れたコーヒーは無駄になるが、それも仕方がない。
「そう思うんなら、シャワー浴びてこいよ。着替え用意しといてやるから。オレの部屋着だけど」
 わざとらしい溜息を吐いて言う。いつもなら憎まれ口で返すのだが、奴は無言のまま素直にバスルームへと向かった。部屋を出る前に、立ち止まる。
「どうした?」
「……着替えは、要らない」
「おい、それっ」
 どういう意味だよ。
 最後まで、口にする前にドアを閉められた。
「ったく」
 今日はずっと、オレの言葉、途切れっぱなしじゃんか。
 溜息を吐いて、自分のためのコーヒーを一口だけ啜ると、少し考えて一応着替えをバスルームに持っていった。


「お前。目ぇ見えないのか?着替え置いといただろ?」
 殆ど体も拭かず、素っ裸のまま戻ってきた奴に、オレは飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになるのを堪えて言った。
「お前こそ、日本語が通じないのか?要らないと言ったはずだ」
 素っ気無い言い方。普段よりはキレが悪いが、それでもオレの言葉に対する反論が来たことに、少しだけ安堵する。
 安堵?んなもんすんなよ。ちょっと前のほうが大人しくて助かったはずだろ?コイツの言葉にはいつもイライラさせられてんだ。
 何考えてんだ、オレは。
 自分のバカらしい考えを打ち消すように一気にコーヒーを煽る。カップの底に覆われた視界が開けると、目の前に奴が立っていた。ちゃんとコーヒーを飲み込んだ後でよかったと思う。
「来い」
 湿った手がオレの手首を掴む。奪うようにカップをテーブルに置くと、そのまま奥の部屋へとオレを引き摺った。
 奥の部屋。売れたお陰でメンバーとの同居から解放され、今いるオレの部屋は3部屋程あるけど。奴が向かったその部屋は。
「お前なぁ」
 放り投げられるようにベッドに倒され、抗議しようとした口を塞がれる。デジャヴのような感覚。当たり前か。場所と体にかかる重力の向きが変わっても、少し前と状況が一緒だ。
「言われたとおり、体は温めてきた。これで文句はないだろ?」
「……オレは、今日はしないぜ?」
「じゃあどうして僕を部屋に入れたんだ?」
 まるでそれ以外に目的はないとでも言うような奴の言葉に、オレはカッとなったが、出来るような反論も持っていないからただ目をそらして黙った。
「まぁいい。お前にその気がなくても、僕はその気だから来たんだ。したくないならお前はそうやってそこで寝てろ。後は僕が勝手にやる」
「勝手に?って。おい、だからっ。オレはしねぇって……」
 服を脱がそうとして奴の手が動き出す。奴の言葉の意味を遅れて理解したオレは、何とかその手を捕まえたが。睨みつけてきた奴の目に、オレの体は硬直した。その目は、きっと無意識なんだろうけど、今にも泣き出しそうで。
 くそっ。
「分かったよ。してやるよ。じゃねぇと、お前がここに来た意味も、オレがお前を入れた意味もなくなっちまうからな」
「……なんだ。ちゃんと分かってるじゃないか」
 オレは、な。だけど、お前は何も分かっちゃいないんだぜ?知らねぇだろ。
 顔が歪みそうになるのを無理矢理笑みに変えると、オレは自分でシャツを寛げ、体の位置を入れ替えた。


「……んだよ。それでもまだ辛そうな顔しやがって」
 オレに背を向けて眠りこんでいる奴の顔を覗きこんでは、溜息をつく。頬を伝った雫を汗だと偽ってたけど、未だ目じりに薄っすらと浮かんでいるそれは、どう見たって汗じゃない。
「何があったんだよ、お前」
 淋しくなる、不安になる、怖くなる。色んな理由でオレの元へやってくる。だけど理由を口にしたことは一度もない。暇だから、そんな気分だから、何となく。そんな嘘しか言わない。いや、それが本心の時もあるんだろうけど。
 何もなければそれで騙されるだろうが、繋がる体から多少なりと心も伝わってくるんだぜ?それに、大体オレは……。
 みちるさんには弱さを見せられない。だけど一人じゃ抱えられない。だから例え自分の弱さを気付かれたとしても問題のないオレを選ぶ?
 バカにしやがって。
 お前が体以外を求めて来てるのに、何でオレが体しか求めてないと思ってんだか。
 いや、でも、そっか。そうだな。結果的にはそうだ。
「結局、オレじゃ体だけにしかなんねぇんだ……」
 険しい寝顔に、また溜息が出る。単なる気晴らしにすら、オレじゃなれないらしい。
 じゃあ何で来るんだよ。充たされないと分かっていても一縷の望みを賭けてるのか?オレに充たされたら自己嫌悪に陥るクセに。
「天王。……はるか」
 イライラする。何も分かろうとしないコイツにもだけど。何よりも、擦れ違ったままだとしても、このままの関係が続けばいいと思ってる自分に腹が立つ。
 なんたってオレは……。
 くそっ。バカにされても当然だ。
「……洗濯、しといてやるか」
 何のためのセリフなのか。相変わらずの自分に苦笑しながら、オレは奴を起こさないよう、静かにベッドから抜け出した。
 オレの体温が消えたことで、奴が目を醒ませばいいなんて、意地の悪い気持ちをほんの少しだけ抱いて。


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