Holy Ground - 2
「みちる」
 耳元で甘く囁く。この行為には慣れているはずなのに、その先に未知のものがあるせいか、彼女は体をビクつかせた。
 肩に触れ、ゆっくりと押し倒す。
 暫くそうして彼女を見下ろしていようと思っていたのに、彼女の手が僕のうなじを掴み、引き寄せられた。
 数時間ぶりの、二度目の口付け。
 三度目も四度目もすぐにやってきて。啄ばむように何度もキスをしながら、僕は手を滑らせた。
 指先から肩までなぞり、今度は膝から遡る。彼女の泳ぎを何度も見ているから。その足は見慣れていたけれど、触れるのは初めてだった。
 滑らかな肌。足の付け根まで辿り着いた時、彼女は拒むように膝を立てた。
「……恥ずかしい?」
「くすぐったいだけ」
 見つめる僕に彼女は頬を赤くして言うと、顔を背けた。そのせいで浮き上がった首の筋に唇を落とす。そのまま舌を這わせれば鎖骨の窪みに辿り着く。掘るように舐め上げ、その隣の隆起した部分に噛み付いてみる。
「っ」
 息を詰めた彼女に思わず笑うと、バカ、という呟きが降って来た。構わずに僕は舌を滑らせる。
 胸を覆う布の縁で遡ってきた手と合流し、立ち往生する。どうしようかと考えていると、彼女が背を浮かせてくれた。
「ねぇ。はるかも、脱いで?」
「……そうだな」
 お互い、下着を身につけただけにはなっていたけれど。彼女の言葉に従い、僕は総てを取り払った。彼女も。最後の一枚も僕が脱がせたかったのに、自分で脱いでしまっていた。
「どうしたの?」
 不満そうな顔の僕に、彼女が問いかける。
「次は僕が全部脱がせたいな」
「だってじれったいんだもの」
「……何だよ、それ」
 思いがけない彼女の言葉に、僕が赤面してしまう。それを誤魔化すようキスを交わす。何度か唇を食んでいると、彼女の手が僕の髪を乱した。煽られるまま、薄く開いたその口に舌を捻じ込む。こんなキスなんてしたことないから、本当のところはどうなのか知らないけれど。思ったよりも呼吸が難しいんだななんて、頭の片隅でぼんやりと思う。
 長い長い口付けの後ようやく唇を離すと、唾液が銀色の糸となって僕たちを繋いでいた。途切れ彼女の口元で光るそれを、舌で拭う。
「はるか。何処で習ったの?」
 肺活量には自信がある彼女が、胸を上下させながら言う。潤んだ目が、僕に眩暈を起こさせる。
「そういうみちるだって」
 答えの先に哀しい影が映らないよう、微笑ってみる。それは功を奏したようで、彼女も微笑みを返してくれた。
 気を良くした僕は、再び彼女の肌へと舌を這わせる。
 首筋から、さっき行き詰ってしまった部分を通り抜け、胸の突起に辿り着く。音を立ててキスをしたあと、優しく食むと彼女は熱いと息を漏らして体を捩じらせた。
「みちる。……いい?」
「……分からないわ。ただ。体が、熱くて」
「そう」
 一部にしか与えていない愛撫を、全身で感じてくれているということなのだろうか。お互いに手探りだから何が正解なのか分からない。そもそも正解というものがあるのかどうかも。
 それでも少しでも彼女が僕を感じてくれたらと思い、それまで体のラインを撫でていただけだった手でもう片方の胸に触れた。彼女の口から、吐息に混じって短く声が漏れる。その声に。僕の体は一瞬にして全身に熱を抱いたような感覚に襲われた。与えているのは僕なのに、熱い吐息が漏れてくる。
 凄いな、なんか。
 彼女の声を好きだと思う。僕を呼ぶ声が心地よいと思ったこともある。その声に欲情したことだって。だけど、こうも。全身で声を感じるとは思わなかった。
 もっと聴いていたい。もっと、ずっと。
 手や舌を動かすたびに、彼女の口から声が漏れる。顔を上げると、どういう仕組みになっているのか、汗が顎を伝って彼女の胸の谷間に落ちた。体を動かすといえるほどのことをしているつもりはなかったのだけれど。
「みちる。……その声で、僕を呼んで?」
「はるか……」
「もっと」
「……はるか。はるっ」
 落ちた汗を舐め取るように舌を這わせる。そのまま下腹部へと向かうと、彼女の手が僕の髪を掴んだ。引き剥がすでも押し付けるでもなく、ただ、悶えるように髪を掻き乱す。
 僕を呼んでいた彼女の声は途切れ、もう、吐息しか聞こえない。
 滑らかな肌。胸に触れていた手も彼女のわき腹を滑るようにして下腹部へと向かわせる。
 臍に舌を這わせたまま彼女の方に目をやれば、窓から入る月光に照らされた白く美しい二つの山が――。
「……はるか?」
 突然途切れた僕の愛撫に、彼女は僕の髪から手を離すと僅かに上体を持ち上げた。視線が、交差する。
「はるか。どうしたの?私、何か……」
 固まったまま、いつまでも動こうとしない僕に。彼女はいよいよ不安になったようだったけど。その不安は僕の方が強くて。
「……みちる」
 やっとのことで名前を呼ぶと、飛び込むように彼女を抱きしめた。起こした体が再び倒れ、ベッドが軋む。
「はるか。どうしたの?急に」
「傷が」
 呟いて、僕は思い出した。
 体を離し、彼女の左腕を引く。嫌がる彼女を無視して目を凝らせば、そこには、やはりあの時の。
「腕の、傷は。……治ったんじゃなかったのか?」
 いや、傷は塞がっている。腕にあるのは傷痕だ。だけど、これは、どういうことだ?
 水着やドレスを着た彼女を何度も見ていたけれど、そのどこにも傷痕なんて無かったはずだ。それとも、僕が無意識に見えなくしていただけなのだろうか。
「やっぱり、出てしまったのね」
 体に感じていた熱が一気に冷め困惑している僕に、彼女は溜息混じりに呟いた。
「やっぱり?」
 聞き返すと、彼女は無言のまま体を起こした。腕を掴んでいた僕の手を振り払い、月光が全身に当たる位置に移動する。
 そうして照らし出された彼女の姿に、僕は、絶叫したい気持ちで一杯だった。
 実際には、声どころか息すら吐き出せなかったのだけれど。
「変身を解けば、大抵の傷は消えてしまうわ。でも。シャワーを浴びたりして、その。体が熱を帯びると。どういうわけか、こんな風に傷痕が浮き出てしまうの」
「……どうして」
 目をそらしたくてもそれが出来ず。僕はどうにかそれだけを呟いた。彼女の体は、全身といっていい程に傷だらけだった。それも、遠目で見ても分かるほどの大きな傷痕が。無数に。
 だから、だ。服を脱ぐ時に、彼女が灯りを消すように言ったのは。恥ずかしかったからじゃない。これを隠したかったんだ。
「そんな表情(カオ)しないで。はるかだってきっと同じよ。……ほら。これは多分、今日受けた傷」
 そういって手を伸ばした彼女は、僕の体にそっと触れた。何かをなぞるような指の動きに視線を移せば、確かに僕の体にも醜い傷痕が浮き出ていた。
 気付かなかった。
 そう。気付かなかったんだ。多分これは、今はじめて浮かび上がったものじゃない。きっと、もっと以前から。僕の体にも傷痕は在った。それなのに気付かなかったのは、多分。彼女は肌を露出させる服を着ることが多いから、気にしていたのだろう。僕は余り肌を露出するような服は着ないし、そんな服を着るからといって自分の肌を気にするようなことは無かったから。
 いや、違う。それだけじゃない。それもあるだろうけど。
「同じじゃ、ない」
 僕の傷は小さく、少ない。それに較べて彼女の傷は。
「みちる。君は」
 まだ僕の傷痕をなぞっている彼女の手を取り、その目を見つめる。酷く、情けない顔をしていると思うけど。それでも、彼女を見つめずにはいられなかった。
 なんて。表現したらいいのか分からない感情が、僕の中で。……痛くて。息が、出来ない。
「殆どがまだ貴女と出会う前、戦いに不慣れだった時に負ったものよ。だからはるかが気にすることじゃないわ」
 僕の、表情から何を読み取ったのかは分からない、けど。彼女はそういうと優しく微笑んだ。
「……すまない」
 思わず、そんな言葉が口をついて出る。
「はるかが謝ることはないわ。貴女と共に戦うようになってから、私の傷は減ったもの」
 そうはいうけど。傷はなくなったわけじゃない。現に今日だって。彼女は僕を庇って敵に捕まり、そして僕を助けるために無数の銃弾を受けた。その傷は、この体の何処かに刻まれているはずだ。そう、何処かに。……僕の傷なら、すぐに見つけられるのに。
 僕の、傷が少ないのは。彼女が庇っていてくれたからだろう。覚醒して、魂の記憶のお陰で戦闘自体はすぐに慣れたけれど、感情がついてこなくて。そのせいで何度か敵にやられかけた。その度にいつも、彼女が僕を助けていてくれていた。
 どうしてなんだ。どうして、僕が助けられる?違うだろう。助けるのは僕なんだ。僕はそのために戦士になった。そのはずなのに……。
「もっと早く、覚醒していたら。君に、出会っていたら。……僕が君を、見つけていたら」
 今更、時間は戻らない。幾ら悔やんでも、彼女の傷痕が消えることは無い。だけどどうしても自分を責めることを止められない。止められる、はずがない。


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