選択
 手段を選ばないわけじゃない。手段を選ばないことを選んだんだ。そのことを彼女との戦いの中で知った。
 そう。手段を選ばない。それが最も早く確実に世界を救う方法。犠牲者は、まだ覚醒していない土萌ほたると、そして。少女を殺す僕の、二人だけ。
 だけど。
「なぁ、みちる。僕たちのしていることは諦めなんだろうか?」
 彼女を背後から強く抱きしめ、僕は言った。正面からそうしないのは、表情を見られないため。きっと彼女のことだから、声から僕の表情くらい読めているだろうと思うけれど。それでも、この表情を見せたくはなかった。
「あの子たちは諦めだといった。土萌ほたるを今のうちに叩くことを、諦めだと。僕は今までずっと、僕たちの選択が最善策だと思っていた。でも本当は違うのかもしれない」
「はるか……」
「でもだったら教えてくれ。他にどんな方法がある?こうしている間にも土萌ほたるは覚醒へと向かっている。覚醒後に倒せたとしても、この街くらいは壊れるだろう。今なら。覚醒していない今なら、街は何も知らないままだ。犠牲者は土萌ほたるの1人だけ。罪悪は僕が背負えばいい。違うか?」
 知らず知らず腕に力が篭る。もしかしたら抱きしめられている彼女はとても苦しいかもしれない。だけど僕は腕を緩めることがどうしても出来ない。
「……違うわ、はるか」
 暫くの沈黙の後、彼女は僕の腕にそっと手を重ねると呟くように言った。
 思いがけない彼女の言葉に、僕の腕が脱力したように緩む。けれど、彼女はそれを許さなかった。僕の手を掴み、自分の体にしっかりと絡ませる。
「罪悪は貴女だけが背負うんじゃない。私も一緒に背負うの。貴女だけに人を殺めさせたりはしないわ」
「僕は」
「貴女の手、私は好きよ。例えこの手が誰かの血で汚れてしまったとしても」
 僕の手を持ち上げると、彼女は指先を口に含んだ。愛撫でもするかのように、食んでは舐める。
「みちる……」
「それとも」
 僕の指から唇を離すと、彼女は振り返った。伸ばされた白い手が、僕の頬に触れる。
「貴女は血に塗れた私の手は嫌いになるとでもいうのかしら?」
「まさか」
 頬にある彼女の手を取り、自分の口元へ移動させる。けど、その指に口付けただけで、彼女が僕にしたようなことまでは出来なかった。僕の口内には、指先ではなく。彼女の舌が侵入していて。
「はるか。私は貴女が信じる道を信じるだけだわ。他の誰に、何と言われようと。私たちのしていることが諦めだなんて思わない。例え最善の策じゃなかったとしても。だってこれは、最終手段じゃないもの。そうでしょう?」
「……ああ。そう、だったな」
 これは僕たちに与えられた使命。最終手段なんかじゃない。結局僕たちは、あの子たちとは住む世界も求めている世界も違う。
 だがそれが何だっていうんだ?僕にはみちるがいる。それで充分じゃないか。後ろ指を差されても憎まれても。そんなこと、問題じゃない。
 重要なのは、彼女と共に生きるこの世界を、守ること。
 ……出来ることなら、彼女の手は綺麗なままで。これは、彼女には秘密だけれど。
「すまない、みちる。こんな時に弱気になるなんて」
「この先は一瞬の迷いも許されなくてよ、はるか。だから、今のうちにちゃんと悩んで、そして答えを出して?」
「……君の、答えは?」
「貴女の信じる道を信じる。そう言ったわ」
「だったら。僕と一緒に、地獄に堕ちてくれないか?」
 彼女の指に自分の指を絡ませて、問う。僕の意思は、もう、決まった。
「ええ。貴女となら、何処へでも」
 誰しもが見惚れるような美しい微笑みで、彼女が頷く。
 彼女を守るためには必要な、守るつもりのない約束。安心しきっているその表情に、撃たれた胸の傷が痛み始める。それでも。
 手段を選ばないことを僕たちは選んだ。だから、これが僕のやり方なのだと。何度も自分に言い聞かせては、彼女の唇にそっと触れた。


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