同じ高さで(小説ver.) |
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軽快な足音は聞こえていた。 でもそれが僕に向けられたものだと気づいた時には既に、足音はなくなっていた。 「はーるーかっ」 何か嬉しいことがあったのだろうかと思うほどの明るい声。振り向くよりも先に、体の自由を奪われる。 「……えーっと。みちるさん?」 「驚いた?」 「大分、ね」 僕の背中に飛び乗った彼女は、首にしっかり腕を回すと頬をすり合わせた。そんな距離や第三者から見たこの現状よりも、背中に感じる圧迫をまず気にしてしまったことに自分がオヤジにでもなったような錯覚に陥り、僕は苦笑した。 「どうしたんだ、行き成り。こんな」 彼女の足に手を添えて、曲がってしまった姿勢を少しだけ立て直す。周囲の視線は気になったけど、耳元で彼女が微笑うから、僕はそのまま歩き出した。 「あ。みちる、鞄は?」 「忘れてたわ。あの子に少し持っていてもらったの」 あの子、と彼女が指した先が視界に入らなかったので、僕は回れ右をした。そこには鞄を2つ持ったクラスメイトが驚いたような表情で立っていた。遅れてようやく視界に入ってきた彼女の指先に笑いながら、彼の前に立つ。 「悪いね。みちるが、なんか面倒頼んじゃって」 「面倒って何よ。……ありがとう」 僕の隣にある顔は、きっと優しく微笑んでいるのだろう。真っ赤な顔で差し出された手に鞄を乗せた彼は、ごもごと何かを言うと一礼して走り去ってしまった。 「驚いてたぜ、彼」 「みたいね。どうしてかしら?」 「あのなぁ」 「はるかの鞄も持つわ」 「僕のは大丈夫」 「だってはるか。鞄2つ分より重いものを持っているのよ?」 「君は軽いよ。痩せ過ぎじゃない?」 「もう」 言いながらも、彼女が僕の背から降りる気配はない。仕方がないから、僕は再び歩き出すことにした。 「……はるかにはこんな風に世界が見えているのね」 「ん?」 「私、一度でいいから貴女と同じ目線で世界を見てみたかったの」 僕の頬にぴったりと頬を寄せ、目の高さを同じにする。 なるほど彼女らしい考えだと思う。だけど、それを試す方法は予想外だ。他にも方法は幾らでもあっただろうに。 「それで?君の世界と僕の世界は、何か違った?」 「……女の子がみんな、可愛く見えるわ」 「なんだよ、それ」 「貴女がすぐに女の子をナンパしてしまう気持ち、何となく分かるもの」 「あのね、みちる」 「なあに?」 「……まぁ、いいか。それくらい?」 「どうかしら。でも、上手くいえないけど、印象は違うわ」 そう言うと、彼女はそれきり黙ってしまった。多分、僕の世界を堪能することで忙しいのだろう。 何だかずるいな、みちるだけ。だからといって、まさか僕が彼女に背負ってもらうわけにもいかないし、背を曲げたまま歩くのも恰好悪い。 顔がすぐ隣にあるため、溜息を吐きたくなるのを我慢して帰路を歩く。そろそろ人通りの多い道に出るので色々な心配から、出来れば彼女を降ろしたいのだけれど。 「みちる。僕の世界は堪能できたかい?」 「…………」 「みちる?」 来ない返事にもしやと思い、耳を澄ます。そうして聞こえてきた音に、僕は今度こそ溜息を吐いた。 「ったく。僕は君の父親でもなんでもないんだけどな」 安らかな寝息。それでも絡めた腕が緩んでいないことに苦笑しながら、僕は少しだけ速度を落とすと出来るだけ静かな道へと歩き出した。 |
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