冷たい温もり
「はるか」
 見えた人影に驚いて呟く。それは遠く離れていて聞こえないはずなのに、彼女は息を吐きかけていた両手を下ろすと私を見て微笑んだ。
「どうして……」
「近くを通りかかったら、そういえばここで君がリハーサルをしてたなって」
 駆け寄り私の手から荷物を引き継ぐ。瞬間触れた手の冷たさに、私は再び驚いた。
「どうして中で待っていなかったの?」
「みちるを驚かせようと思ってさ」
「ええ、驚いたわ」
 彼女の腕に絡みつき、冷たいコートに頬を寄せる。指も絡めようとしたけれど、私が触れるとその手はポケットの中へと逃げてしまった。
「はるか?」
「冷えるから」
「……バカね」
 呟いて彼女の手を追いかける。堅く握りしめたそれを外側から包み込むと、観念したのかゆっくりと手が開いた。気が変わってしまう前に、ポケットの中で指を絡める。冷たい温もりが、伝わってくる。
「みちるの手、あったかいな」
「はるかの手が冷たいだけよ。……一体どれだけ待っていたの?」
 寒空の下とはいえ、ここまで全身が冷たくなるのにはそれなりの時間が必要だと思う。きっと、分だけでは足りない程の。
「持ってた缶コーヒーが冷たくなるくらい、かな」
 思った通りというか、なんというのか。彼女は具体的な時間は言わずに微笑った。待っている間は、微笑えないくらいに寒かったはずなのに。
「風邪、ひいても知らなくてよ?」
「そしたら当然、みちるが看病してくれるんだろ?」
「そんな嬉しそうに言う人の看病はお断りだわ」
 余裕を通り越して嬉しそうな表情をするから、つい、意地悪なことを言いたくなる。それでも。その腕にもたれながら横目で見た彼女は、酷いな、と嬉しそうに呟くから。
「……どうしようもないわね、ほんと」
 まだ混ざらない温もりをもどかしく感じながら、私も口元を緩めて溜息を吐いた。


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