sweet×SWEET
「そんなに何度も確認しても、時間は早く過ぎませんよ」
「せつな」
 聞こえた声にみちるが見やると、洗濯物を抱えたせつなが苦笑しながら向かいに座った。几帳面に、洗濯物を畳み始める。
「夕食も二人でっていう話ですから。帰ってくるのはもっと暗くなってからですよ、きっと」
「そんなの、分かってるわ」
 呟いてみちるは手元にある文庫本に視線を落とした。はるかとほたるが出かけてから読み始めたそれは、中盤に差し掛かったほどにしか進んでいなかった。いつものペースなら、二冊は読み終えていてもおかしくはないのだが。
「一体何をそんなに心配しているんです?相手が他の女性なら兎も角、ほたるですよ?はるかも、まさか娘に手を出したりはしませんよ」
「はるかがどうなんて思ってないわ。問題なのは、ほたるよ」
「ほたるが?」
「今日はデートなんですって。父娘(おやこ)のお出掛けじゃなく」
 勢いをつけてソファにもたれて言うみちるに、せつなは、そんなこと、と思わず笑った。その反応に、みちるが口を尖らせる。
「せつなは、あの時のほたるの目を見ていないからそんな風に笑っていられるんだわ。あれはどう見ても娘の目ではなかったもの」
「女の目だとでもいうんですか?」
「せつなっ」
 相変わらず笑っているせつなに、みちるは、もうっ、と呟くとずるずるとソファに寝転んだ。壁にかかった時計に、どうしても目がいってしまう。
「あなたの娘ですからね、ほたるは。仕方がないですよ」
「せつなの娘でもあるわ。ねぇ、教育係さん。ほたるのあの目は、あなたに似たのではなくて?」
「みちるさん。思ってもいないことは、言わない方がいいですよ」
 私に、似たわけじゃないわ。せつなの言葉に、みちるが口の中で呟く。それをしっかりと聞き取ったせつなは、溜息を吐くと畳み終えた洗濯物を抱えて立ち上がった。
「これを置いてきたら、一緒に夕食作りましょう。二人が帰ってきたときに、外食をしなければよかったと思うようなものを」
 先程までとは違う優しい微笑みを浮かべて言うせつなに、みちるも、そうね、と返すとようやく微笑った。


「今度は何処に行くんだい?」
 二時間ほどの買い物を終え少し早めの昼食を摂りながら、はるかは聞いた。
「遊園地っ」
 口元にチョコシロップをつけたほたるが、楽しそうに答える。その姿に、はるかは目を細めて微笑んだ。
「ほたる。ここ、チョコついてるぜ」
 自分の口元を指差し、ほたるにそれを教える。しかし、ほたるははるかの行動の意味は分かったものの、口元を拭おうとはしなかった。かわりに、ん、と言って顔を突き出す。
「ったく。しょうがないな」
 ほたるの仕草に苦笑しながら、はるかは自分の口元を差していた手を伸ばした。しかし、その手が触れるよりも早く、いやいやと首を振ったほたるははるかから逃げてしまった。
「ほたる?」
「そうじゃなくって。この前、はるかパパがみちるママにしてたみたいなこと、してっ」
 小さな頬を膨らせながら、もう一度ほたるが顔を突き出す。
 僕がみちるにしてたこと?そんなほたるを見ながらはるかは記憶を手繰り、思い当たった行動に思わず赤面した。
「ほたる。あれ、見てたのか?」
 二人きりだと思ってたのにな。呟くはるかに、ほたるは、早く、とせがんだ。見るとほたるの頬が赤くなっている。
「そういうのは、こんな公の場ですることじゃないんだけど。まぁでも、今日はほたるの誕生日だからな」
 溜息混じりに微笑いながらそう言うと、はるかは一度拒まれた手を伸ばし、ほたるの顎を軽く支えた。腰を浮かし、ほたるの口元のチョコを味わう。
「甘いな」
 再び腰を下ろしたはるかは、ほたるを見つめて微笑った。
「ふふっ」
 ほたるも耳まで真っ赤した顔で、それでも満足げに微笑み返す。そんなほたるを可愛らしいと思いながらも、その笑みに誰かの姿が重なって見えた気がして、はるかは余計に笑った。


「どうだった?ほたるとのデート」
「デートって。そんな大袈裟な」
「でもほたるは言っていたわ。今日はデートなんだって」
「まぁ、確かに。遊園地で遊んでいた時は子供らしかったけど、買い物なんかは無理してそれっぽく振舞ってた感じはあったかな。いつも以上に買い込んだし」
「楽しかった?」
「そりゃあ、まあね」
 躊躇いなく返したはるかに、みちるは少しだけ顔を曇らせた。私のこと、少しは思い出していて?そう聞きたくなるのをぐっと堪える。
「でもさ、不思議なもんだよな。血が繋がってないのに、時々ほたるがみちるに似てるなって感じるんだ」
 はるかの言葉に、みちるの顔から曇りが消える。ほたるとのデートの間にも自分の存在が多少なりとはるかの中にチラついていたことが、自分でも信じられないほどに嬉しかった。
「それで?はるかは、私に似たほたるに少しは気持ちが傾いてしまったとでも言うのかしら」
 その嬉しさを隠すように、思わず意地悪なことを言ってしまう。しかしその声に自信が溢れているのを自分で感じ取ったみちるは、少しだけ頬を赤らめていた。シェードランプの灯りだけの部屋で、はるかはそのことに気付かなかったが。
「まさか。ただ、なんていうかな。僕たちが本当の家族に近づいてるんだなって。そう思ったんだ」
「家族?」
「そう。家族」
 はるかの言葉に、もう一度、家族、とみちるは繰り返すと、思わず笑みを零した。
「みちる?」
「なんでもないわ」
 不思議そうに聞いてくるはるかに笑いながら返すと、みちるは深呼吸をしてはるかの耳元に唇を寄せた。
「そんなことより。私たち、夫婦なのよね?」
「そう、だけど」
「ねぇ、はるか」
 吐息混じりに甘く囁くみちるに、はるかは、甘いな、と内心で呟くとその唇に自分の唇をそっと重ねた。


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