Tulip
 校門で、あの人が待ってるよ。
 音楽室にやってきたエルザが、少しだけ不機嫌そうな声で教えてくれた。
 いいの、と訪ねる私に、そんな嬉しそうな顔されたら駄目とは言えないでしょ、と返された。
 一緒に帰る約束だった。本当はいけないことだけれど、今日だけは特別と二人でケーキを食べる予定で。
 ありがとう、エルザ。大好きよ。
 よく日に焼けた、その手を握りしめて言う。一瞬だけ息を詰めたエルザは、その分大きな溜息を吐いて私の手を解いた。私の身体を反転させ、背中を軽く押す。
 エルザ。
 ホラ、早く行かないと。あの人の周り、人だかりが出来ちゃうよ。
 明るく言うエルザに、もう一度ありがとうと言い、音楽室を出る。
 鞄を胸に抱えて走り出す。人だかりが出来たって、あの人は変わることなくそこにいると分かっているのに。

「みちる」
 私が名前を口にする前に、私に気付いたあの人が私を呼ぶ。高く上げた手。そんな風にしなくても、貴女くらいすぐに見つけられるのに。
「はるか」
 エルザの言う通り出来ていた人だかり。けれど、はるかはそれが存在しないかのようにすり抜けると、私の前に立った。
 背中に回していた右手を、私の前に差し出す。その手には、一輪の赤い花。
「誕生日、おめでとう」
 何が欲しいのか、分からなかったから。照れくさそうに、はるかが言う。こんなこと、慣れていると思っていたのだけれど。そうでもないのかもしれないと思う。
「ありがとう」
 はるかの手に触れるようにして、その花を受け取る。どうしてこの花を、と考えて、それが私の誕生花だということに気付いた。はるかがそれを知っていたとは思えない。それでも、どうしても嬉しいから、そのことは無理矢理に意識から追い出した。
「来年は、ちゃんと君の欲しいものを用意するよ」
 そのためには、もっと君のことを知らないとな。
 どうしたって私には合わせることの出来ない斜め上に視線を向けてそう言うと、はるかは私の隣に並んだ。少し離れた位置で私達を見つめている女の子達に見せ付けるつもりなのか、それともただ気にしていないだけなのか、はるかは私の肩に手を回して抱き寄せた。
 驚いて見上げると、はるかはそれまで上げていた視線を私に向けてきて、目が合った私が今度は俯くようにして視線をそらせた。クスクスと、笑い声が降ってくる。
「こんなすれ違いじゃ、君のことを知るまでに、だいぶ時間がかかりそうだな」
 そう言って歩き出したはるかは、相変わらず優しい目で見つめていたから、私はいつまでも赤く可愛らしい花から目をそらすことが出来ないでいた。


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