Kudlak |
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「みちる」 甘さを含んだ声と共に視界に長い腕が入り込んできて、私の手から文庫本を奪っていく。振り返ろうとすると、はるかの左腕に捕まった。ソファ越しに、抱きしめられる。 「はるか。返して」 「返したらまた読むだろ」 「しおりを挟むだけだから」 微笑いながら言うと、はるかは素直に文庫本を返してくれた。けれど、それはしっかりと閉じられていたため、受け取った私はパラパラとページをめくってからしおりを挟んだ。その間も、はるかは私を抱きしめ続ける。 「ねぇ、はるか」 「嫌だ」 「まだ何も言っていないわ」 「言わなくても分かるさ」 分かってないわ。呟きたくなったけれど、飲み込んだ。はるかの鼻先が私の髪を掻き分け、うなじに触れる。くすぐったさに身をよじろうとしたけれど、私を抱きしめているその腕から逃れることは出来なかった。逃れるつもりが、もしかしたらなかっただけなのかもしれないけれど。 「はるか。こんなところ、せつなに見つかったらまた叱られてよ」 「僕が懲りないってことくらい、もういい加減分かってるはずなのに。せつなも、よくやるよな」 「それは、はるかにも言えることなんじゃなくて。こんなところ見られたら叱られるって分かってるはずなのに」 「懲りて欲しいってことかな」 「そうは言ってないけど」 「だったらいいじゃないか。叱られるのはどういうわけか、僕だけなんだし」 「それはきっと、はるかのほうが聞きわけがいいからよ」 「聞きわけがよければ、こんなことはしてないさ」 囁いて、私のうなじに噛み付く。思いがけない強さに身を竦めると、はるかが低く笑った。 「はるかさん。貴女、吸血鬼にでもなったつもり」 手を伸ばし、はるかの柔らかな髪に触れる。けれどそこから引き寄せることは出来きず、ただ、何度もその髪を撫でた。 「吸血鬼か。そうだな。なれるのなら、なりたいかもしれない」 私に髪を撫でられたまま、はるかは顔を上げると耳元で囁いた。そのまま、耳を探り当てて噛み付いてくる。 「どうして」 「永遠に近い命が手に入るからさ。勿論、君も道連れだ」 「はるかは、私を支配したいの」 「ああ、そういえば、そんな設定もあったな。君を意のままに、か。考えたこともないな」 「思い通りなんて、きっとつまらないわ。貴女のような人なら、特に。すぐに飽きてしまうと思う」 そんなのは、嫌。呟いて、開いていた手を強く握る。指に絡まった髪に痛みを訴えたはるかは、腕を解くと、柔らかい髪を握りしめている私の手に触れた。 「じゃあ、噛み付かないほうがいいのかな」 「例え話でそんな意地悪しないで」 解いた手を口元まで運び、音を立ててキスをするはるかに、ようやく振り返った私は口を尖らせた。ごめん。笑いながらはるかが言う。 「でも、例え僕が吸血鬼で、人間の君に噛み付いたとしても。きっと、君を支配することなんて出来ないと思うけどな」 「そうかしら」 少しでも考えてみれば、私がもうとっくにはるかに支配されているということくらい、分かりそうなはずなのに。 考えもしないからそれに気付かないはるかは、そうだよ、と呟くと繋いでいた私の指先を口に含んでは歯を立てた。 「だから、噛み付いてもいいだろ」 「もう噛み付いてるじゃない。それに、今のはるかは吸血鬼なんかじゃなくてよ」 「だったら尚更、構わないじゃないか」 言ってソファを跨ぐようにして私の隣に座ると、はるかは繋いだままだった手を離し、私の頬に触れた。鼻先が触れ合うほどに近づく。 「駄目よ」 「どうして」 「どうにもならないほどに、支配されてしまうから」 「冗談」 また低く笑いながら言うと、はるかは私の制止も聞かず、開いていた僅かな距離を静かに埋めた。 |
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