Cryin' In The Rain
 傘にあたる雨が五月蝿い。どうして今日に限って徒歩にしてしまったのだろうかと後悔しながら雑踏を歩いていると、道路の向かい側に見知った姿があった。
 ただでさえ人が多いこの街で、傘を差した人たちは窮屈そうにその少女と距離を置いて立っていた。信号待ちをしているその手には傘があるものの、一度も開かれた形跡はなく、少女は全身余すことなく雨に濡れていた。
 信号が青に変わり、立ち止まっていた人々が流れ出す。当然少女も歩き出すだろうと思っていたのだが、時間を止めたまま。傘を差した人々だけが、彼女と充分すぎる距離をとって擦れ違っていった。
 もしかしたら、俯いているから信号が変わったことに気付いていないのだろうか。そんなことを一瞬思ったが、例え俯いていたとしても行き交う人々の足は見えているはずだし、雨音が五月蝿くとも道に流れるメロディは聴こえているはずだ。
 それじゃあ、どうして。
 考えている間にも、歩道を渡る僕と少女との距離は近づき、やがてつま先がぶつかるほどの位置に立った僕は、無言で少女を傘に入れた。
 僕の存在に気付いた少女が、ゆっくりと顔を上げる。
「傘ほど重いものは、持てませんか? プリンセス」
「もう、ここまで濡れちゃったら。今更、差しても差さなくても同じですよね」
「……濡れてしまった事実は変わらないけど、これ以上打たれる必要はないさ」
 無理矢理に微笑って見せる少女の手を掴み、引き寄せる。そのことに少女は抵抗を見せたが、僕は構わず肩を抱いた。
「こんなことしたら、はるかさんが濡れちゃいます」
「分かってる」
 触れている箇所から少しずつ、僕の服が濃さを増していく。けれど、その温度を感じるまでにはまだ遠いらしい。
「私のことなら、気にしないで下さい」
「そんなこと、僕に出来ると思うか?」
「いいんです。雨に濡れても。……雨に濡れていた方が」
「涙を隠せるから?」
「――えっ?」
 僕の言葉に、ささやかだけど続いていた少女の抵抗が止む。濡れた髪から落ちる雫と一緒になって頬を伝っていくそれを、僕は指で掬った。
「余り、僕を見くびらないで欲しいな」
「そんな。私……」
「知ってるか? 雨で涙を隠せても、泣いている事実は変わらない。……変わらないんだ」
 呟いた僕の脳裏を、愛しい者の姿が過ぎる。彼女は、何度か僕の前で涙を見せたことがあるが、それを忘れようと、忘れさせようとするきらいがある。そんなことをしたって、その事実は消えやしないのに。
「はるかさ……きゃっ」
「っと」
 どうやら、信号が再び青に変わったらしい。こうして傘を差したからなのか、それとも僕たちが寄り添っているのを勘違いしたからなのか、行き交う人々は立ち止まっている僕たちに容赦なくぶつかっていく。
 強制的に現実に引き戻された僕は、少女の肩を抱いたまま流れに乗って歩き出した。行く宛てもなく。
 触れ合う僕の左側は、いつの間にか、彼女の体温を肌に感じるほどに雨が染み込んでいた。


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